a little dragon couldn't fly.
_cold and your hand.




教室移動で渡り廊下を歩いていた。
 ふと見下ろせば、野球のコート脇のベンチにいやでも目立つ銀色の頭髪。例にもれず だらりと手足を投げ出して座ってる。
 だがなぜあんなところに?
違和感はもう一つ。随分とその背中がかしいでいる。
「すまんが、さきに行ってくれ。」
 立ち止まる嘉神に不審を感じて振り返るクラスメイトにそう告げて、もと来た道を戻 る。階段を駆け下りて、野球場まで大股で歩いていく。


 背後で嘉神が小枝を踏む音がする。半屋は振り向かない。正面に廻 っても申し訳程度首を上に向けたくらいで。
 嘉神は彼の正面に膝をつき、自分の手を彼の頬に触れさせる。
いつもなら振り払うはずの彼が、その手に重みをかけるように頬を寄せる。思う通り。 頬が熱い、手首にあたる彼の呼吸もいつもより早く熱い。
 頬に充てた手を、鼻筋を通って額に移動させる。彼の細い首がカクリと、その大きな 無骨な手の動きに従う。白い喉元が反らされれば、掠れた音が唇から漏れる。


 愚痴の一つでも言ってやりたくなる。
だけど言っても仕方がないことをもう理解してる。
(さて、どうするかだ。)
 選択肢は二つ。
「自分で歩くか?俺が抱いていくか?」
 わかっているくせに舌打ちが聞こえる。上気した頬を上げると半屋はゆるりと自分で 立ち上がった。強情だ。嘉神に抱えられる自分を他人に見られるなんて、半屋には耐 えられないだろう。マイペースで人の目など気にしないのかと思えば、どうしようも なく見栄っ張りだ。
 ふらふらと歩き出す半屋を見て、ため息をついた。
(どこへいくのだ、どこへ。)
 風邪なら風邪で、学校など休めばイイ。散々サボるくせになんでこんな時にわざわざ でて来るんだろう。肌寒いというのにシャツははだけたまま、風のつよいこんなベン チに座っていることもないのに。
 いくらわかっていても、少しくらい頭に来ても許されるだろう。
嘉神は半屋を止めた。
「・・・・・・・・・・せ・・・・・・。」
 多分『降ろせ』と抗議しにかかった半屋の声は掠れて聞き取れない。彼の腕に力はな い。力があったとて、負けるとは思わない。
お姫様だっこなんてしたら、意識が朦朧としていようともあとあと恨みを買いそうだ から、多少乱暴に抱え上げる。


 普通科の保健医はさすがに驚いたらしい。四天王が四天王を(しかも工業科の)抱え て、大きすぎる体躯を屈めるように入り口をくぐってきたのだから。
「ベッドを借りたいのですが。」
 嘉神の低い声に、だが保健医は即座に立ち上がりベッドのカーテンを開ける。この学 校の教諭にしては珍しいなと思う。自分たちが生徒にも教師にも恐れられる存在だと は自覚してる。
「病人なの?それ、工業科の子でしょう?」
 半屋を抱え直せばベッドの向こう側に廻って掛け布団を寄せてくれる。
「靴を脱がせて。ジャケットはここに。」
 ハンガーを手渡すとさっさと戻ってしまう。
「あなた授業はいいの?」
 口ごもると彼女は一人で頷いている。
「悪いんだけど私これからここでなきゃなんないのよ。彼、友達なんでしょ?見てて くれる?」
 保健医にあるまじき。だが嘉神は頷いた。
今はベッドの上で気を失ったようになっているこの強情っぱりは、一人にしたらした で、どこへいってしまうのかわかりゃしないから。


 カラカラカラ。
プラスチック片がぶつかり合ってたてるのよりも、少しばかり重く濡れた音。水の音 がする。誰かが水を撥ねて。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 見覚えのない天井。
眼球は熱いのに、視界が冷たく濡れて虚ろに揺れる。
急に視界が遮られる。そして
「?!」
 びちゃ。
声が出なくなるくらいの冷気と、息が出来ないほど満ちた水気が顔全体を覆う。
「――――――――――――――――。」
 それに自分が適応出来ていないことにやっと頭が回る。
「・・・・・・にしやがん・・・・・・・!!」
 飛び起きれば、顔全体にぶっかけられたびたびたの濡れタオルが跳ね上がる。だがそ の勢いとは裏腹に、半屋の声は語尾が消えた。
「・・・・・っ・・・・・うー・・。」
 そのまま仰け反ってベッドに倒れ込む。頭が痛い。曖昧な記憶がのろのろと身体を起 こす。関節が痛い。うっとおしい熱が手足を支配する。身体が重い。喉も、痛い。
「ばかもの。」
 傍らから低い押し殺したような声がする。倒れ込むときに、一瞬大柄な姿が目の端に 映った。それならもう、何も言うことなんかない。大きな手が伸びて、腹の上に飛び 散ったタオルを拾い上げる。
 それ以上彼は何も言わない。無言が白い天井を支配してる。
眉間に皺を刻み、目を閉じた半屋の額にさっきよりずっとまともに水気を切ったタオル が乗せられる。跳ね飛ばした布団を顎まで上げる気配。
少し、嘉神が怒ってる。人の顔にびたびたのタオルを載せるなんて。
だけど反論も言い訳も文句も、口にする気力がない。黙ったままで怒っている。


 濡れた顎に嘉神の指が触れた。首筋を伝い落ちた雫を、その指がなぞるように拭い取っ ていく。
 半屋は首を竦めた。だが嘉神は構わない。
 顎の線を伝って耳に触れる。何度も触れた。覚えのある感触がこんな時なのに躰を疼か せる。半屋は自分を襲う頭痛に意識を集める。嘉神の指の背がイヤーカフスに触れる。 こめかみの下。
 嘉神の指が耳朶のピアスに触れる。下から一つ一つ、掬いとる。微かに触れる髪の震え ですら敏感になりすぎてる。躰と意識がキレギレ。混乱。目を閉じているのに視界が眩む 。関節の痛みが、全身を支配する重圧が嘉神の指に負ける。
 目を開ける勇気がない。嘉神がどんな顔をしているのか知りたくない。
彼は平然としているのかもしれない。当然のことのように、自分が濡らした半屋の顔を 拭っているのかもしれない。半屋を掻き乱していることなど気づきもせずに。

嘉神の指。

嘉神の指。

嘉神の指。

嘉神の指。

「・・・・・・・・・半屋?」

 訝しげな嘉神の声。
そろりと這い出た半屋の指が、布団を額まで上げていく。
「半屋?どうした?」
 落ち着いた声からは嘉神の真情はわからなかった。
きっと彼は眉根に軽い皺を寄せて、少しまじめくさった顔で本気で自分を心配するだろう 。
「気分が悪いのか?」
 少しぐらい取り乱せばいいものを。
そんな風に思おうとしたものの、気力が無くてやめた。
堅く堅く目を閉じる。風邪を治すなら睡眠が一番。
「・・・・んでもねえよ。」
 布団の中からくぐもった声が聞こえた。





この熱は不摂生のせい。

だけど半分彼のせい。

放っておいて。

でも一人にしないで。

雷のような頭痛。

その責任を。




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555hits.のろびんさんのリクエストにお答えして、(るのかどうかナゾ)
テーマは“病弱半屋”。