浴室      [ a little dragon couldn't fly. ]



 いつまでも眠っている彼を起こすために抱き上げる。彼は寝ぼけまなこをすこし開いて
「・・・・・・・んあ?」
 そう言っただけでまた目を閉じる。こんな風に抱き上げたのに気づけば怒るか赤面する かくらいすると思ったのに意外に無抵抗で。
 嘉神はその無防備さに笑って、仕方ないなと思いながら風呂場まで彼の身体を運ぶ。
 その存在感にしては細い躰。南米の生活で太陽を浴びすぎるほど浴びた自分の肌との対比は まぶしいくらいだ。瑕も、夜の痕跡も彼の肌の上には痛々しいほどくっきりと浮かぶ。
 それを彼は意識しない。鎖骨に嘉神が残したものですら、いつもと同じように晒す。意地悪 くしてみるつもりが、逆にそれをみている自分が気恥ずかしくて、彼には勝てないなと思う。
「ほら。いい加減に起きないか。」
 バスダブに躰を下ろすと腕を掴まれて、離してくれない。
「なんだ?」
「さ、みぃ。」
「離せ。今湯を出してやるから。」
 強引に躰を引き離すつもりだった。
 キュ。
「・・・・・・・!」
 いつの間に意識をはっきりとさせたのか半屋は目を開けている。片手はカランに伸び、半屋 の躰の上に屈んだ嘉神の上に冷水が降り注ぐ。
「・・・・・・・・・・・っ。」
 当然それは半屋の上にも降り注ぎ。驚いた半屋が嘉神の腕を強く引く。
「うわ!やめ・・・・・!!」
 最後は声にならない。無言のまま嘉神はバスダブにもとい半屋の上に転げる。さすがに重か ったらしい。半屋は下敷きにされても声も出さなかった。
「・・・・・・すまない。」
 謝っても何も言わない。自業自得だとわかっているから。冷水を浴びたまま顔を赤くしている。
 嘉神はあちこち打ったのをさすりながら手を伸ばして赤い印のカランをひねる。半屋は嘉神が 覆い被さる形になると、狙ったように腕を伸ばす。
「半屋。」
 太い首に両手を絡ませ、キス。
 ずぶ濡れな嘉神のシャツをびしゃびしゃ触る。張り付いたシャツは屈強な躰の線を露わにしていて。
「半屋。朝飯が・・・・・・。」
「るせぇ。」
 欲望が理性をじわじわと浸食する。嘉神はカランに置いた手で半屋の髪に触れる。濡れた銀色の髪。
 昨日の夜の残骸を流すつもりが逆に囚われる。もう一度深いキス。半屋が目を閉じる。
 二人の上に降り注ぐ雨が暖かさを増してくる。暖かく二人を包み・・・・・・・

「・・・・・・!!!」
 嘉神は跳ね起きる。
「・・・・・んだぁ?」
 思いっきり訝しげな顔で、半屋は半分嘉神を睨んでいる。嘉神は嘉神で、そんなことは既にお構いなし。

「みそ汁が焦げる!」
 そう吐き捨てると恐ろしいほどの早さで浴室を飛び出していった。

「・・・・・・・ああ?!」
 この場合腹を立てたとしても、おかしくはあるまい。せっかくもう一戦交えようとして、乗ってきたくせに。 みそ汁と量りにかけられては身も蓋もない。みそ汁が気になるなら最初から乗るんじゃねえ。
 半屋は舌打ちをする。
「半屋ー!タオルはそこに置いておいたからなー!」
 無神経な恋人の声がする。彼の居場所は大方キッチンで。
 半屋はすっかり温かくなったシャワーを頭から浴びながら、柄にもなく笑い始める。


 仕方ない。そう言うところも含めて彼を気に入った自分が悪い。
 せっかくの美味い飯が冷めてる方がウザイじゃん。

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