[ a little dragon couldn't fly. ]
_How Deep is the Ocean (How High is the Sky)




声を漏らすのが悔しくて息を止める。感じてるなんて悟られたくない。
嘘。
どうしようもない。他事を考える訳じゃない。どうして自分が冷静でいられないのか、 ふと浮かんだ瞬間に唇を噛んでしまうほど。


のしかかかってる褐色の肌の重みに遮られたい。嘉神の息が頬に触れて、肩越しに天 井が映る。そこから先、どうしたらいいのかわからない躯があって。このまま果てて しまってもイイ。欲望を堕としても。
爰から先は、悩む。半屋はどうしたいのか。シラフの時に訊けるわけない。嘉神はど うしたいのか。こんな時なら尚更。
半屋は目を閉じる。嘉神は半屋の頬に耳を押しつけたまま枕に顔を埋める。
中途半端だけど躯だけ熱い。訳も分からずに熱に浮かされたまま暴走してしまえれば いいのに。


半屋が息を吐く。
「嘉神。」
目を閉じたまま、手探りで嘉神の躯に腕を廻す。背中の筋を掴んでる。さらりとした 肌。肩甲骨を取り巻く筋肉の堅さと、首の太さ。じっくりと触れる余裕なんかなかっ た。
応えはない。だから、言った。
「イレるか?」
嘉神の肩がピクリと筋肉を引きつらせる。考えてること、同じだ。思い当たって半屋 は眉間に深い皺を刻む。不快だったわけじゃない。それは。
考えてた。忘れるくらいの経験の、朧気な記憶の断片。無数にあるそれを繋ぎ合わせ てセックスの相手に望まれたことを思い出した。
半屋のたった一言に嘉神は躯を堅くしてる。こいつの経験なんか知らない。でもコイ ツは仕掛けてこない。
「俺なら、大丈夫だ。男とヤんのくらい、経験ある。」





――――――――マズイ。





時すでに遅し。柄にもなくそう思って我に返った。
無意識に、温度を失っていく嘉神の背中に廻した腕を解いていた。
人の顔も見ずにあからさまに顔を背けて、嘉神は躯を起こした。その腕で、ベッドが 波打つ。一人分の体重を失って。急に開けた天井と体温の代わりに身を襲う室温に半 屋は呆然として、両手で顔を覆う。
経験なんかなんの役にも立たない。欲望も熱も室温に拭い取られていく。


嘉神はベッドの足許に腰を下ろした。この感情をなんというのかわからない。立ち上 るような、知らない感情に支配された。絶対に制御できると思っていた感覚を失った。 今あるのは混乱だけだ。
暗闇の中で、頭を抱える。自分の行為は半屋を傷つけたかも知れないから。
一瞬だけ、どろりとした感情が湧き出てそれを止められなかった。火照った躯に溜ま った熱が理性だけを攻撃した。半屋の体温を感じていたくなくなった。
誰のことも平等に愛せると思っていたのに、愛情は一点に集まって焦げ付く。


半屋は顔を覆う両手をベッドの上に下ろした。微かにシーツを揺らし目を開ける。
ダメな自分。拭い去れない。逆ギレもできなくなった。
躯を起こす。感情を傷つけても、赦しを乞えると思ってる。我が侭で甘えてる。自覚 してる自分がいる。離したくない。そう思う自分もいる。
嘉神の時よりも緩くベッドを軋ませて半屋は立ち上がった。


嘉神の横に躯を滑り込ませる。腰を下ろさずにしゃがむ姿勢を取るのは視線が同じ高 さになるからだ。そんなことを自然にしてる。
嘉神は困ったように顔を反らした。半屋は膝の上で白い指を組む。いつからこんなに 不器用になったんだろう。いつだって黙っていれば嘉神は自分を赦す。
些細なことで行き違う想いを嘉神にばかり背負わせてる。
「…悪い。」
沈黙に身を切られる前に声にした。喉が詰まって言葉が途切れる。
触れた肩に嘉神がほんの少し身を捩らす。半屋に向けた想いが奥底に淀んでる。どう したらいいのかわからなかった。半屋の言葉のどの部分に腹を立てたのかわからない。
「ああ。」
ため息のように嘉神が漏らす。
「に?」
らしくなく、気遣うように半屋が問う。嘉神は片掌で頭を抱えた。
「嫉妬したんだ。」
「は?」
面食らって、半屋は嘉神の顔を覗き込む。
「半屋の過去に。」
「……。」
「わかっているのに。」
言葉少なに、説明する術もわすれてる。だけどただ正直だ。
「……ばっか、みてぇ。」
目を閉じて半屋が呟く。嘉神が頭を抱えた手を外すと、額を押しつけてくる。半屋の 頬が熱い。暗闇の中で多分彼は思いっきり眉間に皺を寄せて居るんだろう。
「ばっかじゃねえの。」
「バカとはなんだ。」
嘉神がムキになって言い返す。
「お前のことじゃ、ねえ。」
いや、てめえも、かな。
半屋が繰り返す言葉は半分ため息だ。嘉神は頷きもしなかったが、肯定した。
本当にバカだ。
半屋はただずるずると体重を凭れ掛けさせてくる。全然違う二人で、自分を曲げられ ない部分が多すぎて。まだ戸惑ってる。ほどけていく頑固な部分に。


キスをした。全部融けてしまえばいいのに。理性の勝ちすぎる自分の感情に服したく はない。自分の過去だって受け入れられるわけないのに。半屋の髪に触れる。ざらり とした半屋の舌。煙草の染みついた苦い半屋の奥底。抱き込んでしまえば腕の中に収 まってしまうはず。だけど絶対に収まりはしない。
床に嘉神を倒した。嘉神の躯に跨ったまま、肩を押さえつけて上から見下ろしてる。 悪くないと、そう思うことがたくさんある。むちゃくちゃやってきた過去から抜け出 して、本能とか惰性とか、そういうもの以外の場所で嘉神のことを考える。尽きるこ となんかない。底のないことが染み込んでいく。躯を屈ませて首筋に舌を這わせた。
「自信がねえなら、いいんだぜ?」
半屋はありったけ、笑った。口の端上げて、嘉神の闘争心に挑みたかった。
嘉神はありったけ真面目な顔で応えた。半屋の首に手を回して引き寄せて。


声を漏らすのが悔しくて息を止める。感じてるなんて悟られたくない。
嘘。
どうしようもない。他事なんかを考えてる暇なんかない。



脳裏を廻ってる、Diana Krall。柄にもない。

(c)copyright.K/Isafushi2002






























DianaKrall_How Deep is the Ocean (How High is the Sky)
順番変えてます。ジャズのようにお馬鹿で甘い嘉半でした。