_brighten up.
( a little dragon couldn't fly. )




 どうせ遅刻してるんだからせいぜい遅刻すればいい。
 そんな考えで(たぶん梧桐にバレたら鬼姉にチクられる)途中下車してCD屋に寄った。 なじみの店員はおらず、一方的に自分を知っているらしい新人バイトが、半屋よりも年上 だろうにへつらうように寄ってきた。ちょっと不愉快でさっさとその店を後にした。
 ここは、こんな時間でも制服を着て歩いているのが半屋だけではないような場所だ。 頭の悪そうな女が向こうから二人やって来て、やはりへつらうようにこびるように笑っ た。
「半屋くんじゃん?最近みないよねー?」
 語尾が上がるようなべったりとした声。半屋は眉間の皺を濃くした。こんな女がまわ りにいるのが日常だったはずなのに。
「失セロ。」
 低く呟いて女の横をすり抜ける。人工的で安っぽい匂いがした。

 へつらわれるような事をしてきた。
 こびられることに慣れていた。
 一流ブランドの筈なのに安っぽい匂い。
 身体がブランドの価値についていかない人間のたくさんいる町。
 きらびやかで自然の色なんか忘れてしまいそうになる光。
 この街はそれが日常だった。

 好きな訳じゃなかった。
 ただ他に行く場所もないからここにいただけだ。

 改札をくぐる。高架下の落書きも消したところで新しいキャンパスをつくってやって るに過ぎない。躍るような文字にだって心が踊る訳じゃない。いまも、自分がどうして この駅で降りたのか不思議なくらいだ。
 階段を上がる。改造車に乗ったヤツらですら半屋に怯えた。ホームからの景色だって 嫌いだ。この場所に好きなものなど何もない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 嫌いなホームには、見慣れた、でもここでは見るはずのない姿があった。 立ち尽くす、と言う表現がぴったりとくる横顔。 褐色の頬と、色の薄い短髪。 ばかでかい体躯にきっちりとした(でも首が太くてシャツの一番上のボタンは開いた ままだ)制服。半屋と同じ。 近づいていっても気づく気配がない。うつろな眼が見えた。珍しい。 でかい図体の真横に立つとさすがに気づいてなにか言おうとする。
「・・・・・・・・・半屋・・・・?」
 半屋は何も答えない。ホームに電車が滑り込んでくる。反対車線の電車のドアが開く。 まばらな人が降りてきて、ドアが閉まるというアナウンスが流れ出す。 半屋は突然嘉神のネクタイを掴んだ。
「あ?!」

   ぷしゅー。
 彼らの真後ろでドアがしまる。
「おい。こっちは学校と反対・・・・・・。」
 呆然としたような嘉神が呟く。だけど電車はそれを待たずにユックリと走り出す。半屋 は耳にかけたイヤフォンを片方外した。今日はたまたま、優しい歌を聴いてた。ネクタイ を掴んだままがら空きの座席に腰掛ける。嘉神がなにかいいたそうに口を開く。だけど半 屋は言わせずに、外したイヤフォンを嘉神の片耳に突っ込む。
「てめえはそれでも聴いてろ。俺は寝る。」
 勝手に宣言して眼を閉じる。嘉神の抗議など聞く気などない。大体遅刻するほど凹んで るくせに悪あがきするなんて。嘉神はため息をついて車窓を流れていくビル群を眺めた。 いつか、似たような風景を半屋と見たことがある。あれは反対側の風景だった。
「おい。」
 眼を閉じていたと思った半屋に突然声をかけられる。驚いていると
「着いたら起こせ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
 また勝手に言って眼を閉じる。

 言葉もない。
 いくつか駅名を告げるアナウンスが過ぎ去り、いくつもの町を過ぎていく。線路に迫り 来るビルと広告、灰色の窓。そしてその隙間から見える灰色の空。嘉神は俯いて膝の上の 自分の手を見つめた。しっかりと立っているはずの自分がどんなに弱いか思い知らされる 事がある。取るに足らないように思えることが心を支配することもある。
 そんなときに、一人ではないと感じられることがどれほど大きな事か。

 傍らの存在は、電車の揺れに導かれ、いつのまにか肩を寄せもたれかかっている。互い の耳には片方ずつのイヤフォン。あの時、通学途中にあったときとは違う音楽。大きく包 み込むような。
 嘉神は目を閉じた。彼はきっとじっと自分の話を聞いてはくれないかもしれない。でも 、彼なりの優しさで。
(半屋なりの優しさか・・・・・・・)
 思いついた言葉に思わず笑いが零れる。優しい、などということを彼は思いも寄らない だろう。感覚で動いているような彼の行為を言葉でくくるのは良くない。慰められたよう な気はするが、ありがとうと言ったら最後きっと彼は怒り始めるのだろう。だけど、こん な日も悪くない。

 変わっていくのだ。

 自分という存在は思うほど頑なではない。受け入れないと信じたものを受け入れていく ことはそれほど悪いものじゃない。大丈夫だと、少しでも思えるようになる。どこまでも 逃げていかなければならないほど大きなものを背負っているわけではないのだ。
 共有する音楽は、嵐もいつか過ぎると歌う。
 どんよりと支配する、ささくれだった気持ちもいつか過ぎ去っていくだろう。


 こんなのも、悪くない。


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本日の一曲はR.Kelly "The Storm Is OVER Now"(from "TP-2.COM")
でもってネタは平井堅『片方ずつのイヤフォン』です。
(from "un-balansed")
初稿は(←エラそう)八樹君とでした。あの人よく凹んでそうだから。
























「・・・・・・・ああ?」
 とんでもなく不機嫌な顔で半屋は改札に立ちふさがっている。  知らない町。手前は民家がパラパラと存在し、すぐ後ろには緑の樹木立ちふさがる斜面。  嘉神は二人分の乗り越し料金を払い半屋に並ぶ。
「海の匂いがするな。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
 半屋は特に尋ねることをしない。行き先など知らなかった。嘉神のことをどこかでそれ なりの常識人と思ってしまったのかも知れない。それもこれも、梧桐や八樹のようなやつ らがまわりにごろごろといるせいで。適当な場所で引き返すはずの一日は。
 嘉神が何も言わずに先に行くから、その背中を追う。歩幅を合わせることもない。並ぶ こともない。ただ向かう先はひとつ。
「・・・・・・・・・・・ああ。」
 ため息に似た嘉神の声。立ち止まる彼の横に初めて並ぶ。
 嘉神は体躯に似合わぬ軽やかさで防波堤の上に飛び乗る。
 灰色の空の切れ切れから金色の光。いつか青くなる海と空。
「・・・・・・悪くないな。」
 珍しい、どこか冷静さを失った嘉神の声。
 彼の背中はあまりに無防備で、それを見上げた半屋がうっすらと笑うのにも気づかない 。

(悪くないだろ?こんなのも。)