「授業にはでないのか?」

[ a little dragon couldn't fly. ]

 

 

「?!」

いつもの場所で、タバコの煙が空へ吸い込まれていくのを眺めていた。
遠くで授業中の私語と、運動場のざわめきが聞こえる。

そしてもう一つは、ここで決して聞くはずのない声。

彼は寝ころんだ資材置き場から飛び起き、そのせいでくわえたタバコを唇から落として手にやけどを負う。 だがそのことを云々言っている場合でもなかった。

「・・・・・・・・・大丈夫か?」

よく通る低くてなめらかな声が自分を心配してる。
普通科の彼が工業科までなんの用なのだろう?疑問に思っている暇もなく彼は自分の方へ近づいてきて。

「んでこんなとこにいんだよ。」

話をする気などないはずなのに思わず身構えて思わずそう言ってる。

「やけどは冷やした方がいい。」
「!」

伸ばされた手に、構えるはずの体は彼の意志に反して竦んだ。
彼の大きな手が自分の手を取る。有無を言わせず強引に中庭の水道まで連れて行かれる。 大きな体の彼に引きずって行かれるのも癪で仕方なくついていく。 いつもみたいに一直線に抵抗すればいいのにそれができない。 自分は腑抜けだ。彼のことがいまいち苦手なのは、こういうタイプを他に知らずに生きてきたから。 器用じゃないから誰とでもうまくつきあえる訳じゃない。 むしろ誰かとうまくつきあったことなんかない位。 それでもやっぱり今目の前にいる男はいままでと違いすぎてどうにもこうにも戸惑ってしまうのだ。

二人以外に誰もいない中庭に水の音が響く。小さな取るに足らない火傷には大袈裟な水の流れ。 年中怪我ばかりしているから痛みに鈍感になりそうだ。 なのにこんな風にされたら却って痛いみたいな気分になってくる。

彼はむっつりと黙って自分の手の行く先を見つめた。

「・・・・・・・・・・なんか用か?」

いくら馬鹿だって、いい加減彼が自分に用が合って来たのだということくらい分かる。
くそ真面目な彼が授業をさぼってまでここに来る用に想像がつかない。
それ以前に、彼が定位置とはいえ自分の居場所を知っていたことが驚きだった。

「梧桐に会うためか?」
「は?」

想像しない名前が出たことに戸惑う。

「んで梧桐が出てくんだ?」

聞き返すとごつい顔が自分に向けられる。

「授業にでるわけでもないのに毎日学校に来るんだな。」

『姉貴におんだされんだよ』その台詞は言わずにいる。
真意を測りかねて。

彼が体を起こす。自分よりもずっとずっと背が高い。肩が広い。
柄にもなく言葉を探す。どんな言葉で、どんな顔でこの男に対すればいいのか分からない。そんなことを考えること自体自分らしくない。

背の高い彼が、ふ、と微笑む。

「昨日また、お前が派手に喧嘩をしたと聞いたから。」
「はぁ?」
「元気そうで安心した。」

そう言うとポケットからぴっちりとアイロンのかけられたハンカチを取り出し濡れた手に握らせ、不可解な顔をした無鉄砲なけが人から一歩離れる。

「あまり無理をするな。」

あまりに柔らかい優しい微笑みにテンポを崩される。
気がつくとなんの前触れもなく彼は自分に背を向けて、もう振り返りもせずに工業科を後にしていて。

「・・・・・・・・・・・なんなんだ?アイツ・・・・・・。」

広い背中を見送りながら、心の中に歓迎できない痛みが、巣くったような気がした。

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