[ バーリ ・トゥード イエー! ]




「ねえ。」
 呼びかける声に応えはない。
「ねえ。」
 呆れたような冷めた声が続く。声が向けられた相手は無視したままで。
「ねえ、人んちでなにやってるわけ?」
ばさり。
 分厚い週刊漫画誌が絨毯の上に乱暴に落とされる。色素の薄い瞳がギロリと声の主を 睨む。だが、睨まれたその声の持ち主こそこの部屋の主であって睨まれる筋合いなど 一つもない。たとえ睨まれたとて怯むような性格の持ち主ではないけれど。
 キツイ瞳の主はベッドの上でまったく無遠慮に長い足で胡座を掻いて、そして今日コ ンビニで買ってきた漫画雑誌を読んでいた所だった。
「あ、これまだ読んでないんだよね。部室に有ったけど菊丸先輩持って帰っちゃった し。」
ラッキー。
 睨まれたことなど気にも留めず部屋の主は重い荷物を床に置くと雑誌を拾い上げる。
 制服のまま白い制服の金髪の傍らに乱暴に腰掛ける。取り敢えず、いつも読んでるテ ニス漫画の続き、気になるし。
 玄関の前、何本かの煙草の吸い殻。わざとらしく笑いながら肩を叩いて出ていった父 親。部屋に続く階段を駆け上がらなかった自分。良く堪えたね。駆け上がりたい想い、 必死で押さえて足音を沈ませた自分、まだまだだと思う。


かさり。
 掌を押しつけてるつるりとした表紙が汗で波打ってるのがわかる。 かっこわるい。指先だって濡れている筈なのに頁が旨くめくれない。
 漫画の内容なんかさっきからちっとも頭に入らない。強情ぶって隣の人の動きも盗み みらんない。口数の多い人だとは思ってない。青学の先輩達みたいに自分に気を使っ て喋ったりしてくれないし構ったりもしてくれない。それもわかってるけど。
どこみてるんだろう。
なにかんがえてるんだろう。
どうしてここにいるんだろう。
 かさ。
やっと一枚、頁がめくれた。
彼が、動いた。
同じ瞬間。


がさり。
 手にした雑誌が仁の手で、ベッドより下に落とされる。
キスはされた振りして、仁がキスしやすいように首を傾けてる。そう言う自分、どうし ようもない。仁の手がリョーマの黒い髪に触れる。リョーマの手が仁の胸を押す。抵抗 したいわけじゃない。受け入れる想いをどうしたらいいのかわからなかった。まるで慣 れたように唇を重ねて、開いてしまったリョーマの唇の中に舌を入れる。
どこで息をすればいいんだろう?
 一瞬の想いはすぐさま掻き消されて。優しい舌が絡んでる。少し、苦い。こくり、咽が 鳴る。リョーマは行き先のない指先を握りしめた。仁の白い制服を、掴む。離れていか ないように。乱暴なキツイ目の人が、こんなとき怖いくらい優しいのを知ってる。本当 は優しい人。自分と同じくらいの体格を持ってる、彼と同じ学校のあいつの方が彼のい ろんなところ知ってるんだろうか。
 嫉妬してるんだ。
 唇が離れた瞬間、顔を見られたくなくてその背中に手を回して肩に頬を押し付けた。器 用に手を伸ばして彼の指がシャツのボタンを外していく。体温の低い指が胸に触れる。
 顎を掴まれて目を閉じる間もなく二度目のキス。いつの間にか彼の躯と向き合っていて、 引き寄せられるとはだけた胸が触れた。わかっているのにこれからの行為を思い描いて赤 くなる。初めてじゃないくせに。たぶん何度でも慣れない。なんにも考えさせないでいて 欲しい。
 リョーマの背中を壁に押し付けたままの姿勢で、仁はリョーマの鎖骨を食む。
 ずるい。
 この人だって赤くなればいいのに。
ベッドを揺らして仁を道連れにリョーマは倒れ込んだ。その首に両腕を廻して。そして精 一杯生意気な笑みを浮かべる。
「ねえ、ちゃんと脱がしてよ。」
 仁はむかつくくらいの無表情で、大きな体躯を屈めると鼻の横に音を立ててキスをした。 年、そんなに変わらないのに慣れたような手つきがむかつくんだ。
 制服のベルトに手をかけられて、自分から腰を浮かせて。ベッドの横に堕ちるのは、今 週の週刊漫画誌、二人分の制服。制服は違う学校の。


 漏れそうになる声を唇を咬んで閉じこめる。快楽は唇から漏れることを許されずに、切 れ長の大きな目の淵に溜まってる。
「泣くほどいいのかよ。」
 仁がまた、躯を折り曲げて、今度は溢れそうな涙を舌で掬い取る。多分、この人は余裕 を見せて、自分の余裕のなさを笑ってる。わかっているのに思考をそこまで持っていくこ とはさせてもらえなかった。仁が躯を折り曲げたことで、深く、深く入ってきたから。
「……っ、う。」
 耐えてた声が弾き出された。締め付けた、それに反応して仁が少し顔を顰める。そのこ とが余計に理性を失わせる。馴らされることにだって感じてる。ゆっくりと彼の躯が動い てる。せいぜい張ってた意地なんか二人の間に在る空間に理性と共に、拡散していって。 残ったのは混乱と、どうしようもなく膨れ上がっていく熱だけ。弾けそうな場所に触れら れたら我慢なんかしてられなくなる。追いつめて痛くさせるだけなのに、快楽にかわって く。


 ベッドの端に腰掛けて仁がシャツのボタンを閉めている。躯を起こすと行為の残滓が内 股を濡らした。リョーマは顔を顰める。
 ヤルだけヤって帰るなんてほんとむかつく。ロクに言葉も交わしてないのに。電話もし ない、学校も違う。おまけに彼はあの試合以来テニスをやめてしまった。
 裸のままでリョーマは、ちっとも立ち上がらない仁の手許を覗き込んだ。
「あ。」
 ボタンをかけることができないでいる仁の指。初めて見た。見られたことに気付いた仁 がリョーマをみて舌打ちをした。その頬が赤いのにも、気付いてしまった。
「へぇ。」
 リョーマはニヤリ、またいつもの生意気な笑顔を浮かべた。熱に浮かされてたのは自分 だけじゃない。行為の最中、リョーマが目を閉じている間に彼がどんな顔をしているのか 、鮮やかに思い浮かべることができた。
 リョーマは動かない仁の指を掴んで、ボタンから引き離した。はだけた胸にはお互いが 付けてしまった赤い痕。仁は諦めたようにリョーマにその手を預けてる。だからその手に 唇を押し付けた。二度目の舌打ちと共に、片手をリョーマに預けたまま、仁がベッドに仰 向けに寝転がる。人差し指の付け根に出っ張った骨を柔らかく咬んだ。
 今日はもう少し、ここにいるという意思表示を嗅ぎ取って。


「まだまだだね、あんたも。」

 嬉しくて笑ってしまう自分も、まだまだ、だけど、ね。


++ junkyard | BT02 ++

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