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「このバカザル――――――――!!」 またいつもの如くおかしな言い掛かりと共にこの学校の生徒会長が絡んでくる。 半屋は構えを取れずに呆然とする。工業科の階段で次の段に足をかけたのを自身で確認 するかしないかという瞬間だった。名乗りもなく梧桐が踊り場に現れ、間 髪入れず飛びかかってきたのだ。それを飛び降りてきた、とも言うのだが。 いくら身体能力が高かろうが、反射神経が人並みはずれていようが、空手の能力が天才 的だろうが二日酔いのこの状態で一体どうやってまともな判断を下せと言うのだろう。 「―――――――――!!!」 働かない頭と、精神と分離して動く体。意思とは関係なく、勝手に動いて堕ちてくる梧 桐の躰を受け止めた。 バカか、自分。 マトモな思考状態だったらあり得ない台詞が心の中をスローモーションで通り過ぎてい った。その時視界に映ったのは薄汚れた天井と、梧桐の尖った頭と、壁の落書き。下品な 言葉と下手な絵が不必要に鮮明に読みとれた。人生は走馬燈のように駆け抜けはしなかっ たが最後に見えたのはオレンジ色の、火花か☆。 「…ってぇ…。」 いろんな意味で頭が痛い。 保健室に置かれたソファに座って頭を抱えてる。目の前のパイプ椅子には梧桐がいる。 半屋が座るのは安っぽい革の様な顔をしたビニールのソファだ。梧桐は少しおとなしい。 柄にもなく反省してるんだか。 後頭部をコンクリートの床に打ち付けたはずだった。だけど火花を散らしたのはむしろ 梧桐の頭突きを喰らった額の方だ。廊下の堅い床よりも梧桐の頭の方がダメージが大きか った。とっさに受け身らしきものをとったのに、梧桐の頭のことなんか計算に入れてなか った。 半屋の額には間抜けなたんこぶ。赤く腫れて痛々しいのに梧桐は無傷だ。頭痛のタ ネは、後頭部と額のたんこぶ。二日酔いと相変わらずむちゃくちゃな梧桐の行動。いちい ち覚えちゃいないが今回のは酷い。非難してブッ潰すとかそんなことも考えたくない。 「手を出せ、サル。」 おとなしいかと思えば言葉はやはり尊大だ。手を出さないでいると強引に持っていく。 階段できたかすり傷。こんなのは痛いウチに入らない。梧桐は消毒液を浸した綿をピン セットで押しつける。半屋は梧桐がさっきどこからか貰ってきた氷を入れたビニールを頭 に当てていた。従順にそうしているのは二日酔いに効くからだ。 「酒臭いぞ。」 「あぁ?」 今度は生徒会長面かよ。 「未成年で酒を飲むとは何事だ。」 「だから、今時普通だっての。」 昨日はクラブで朝まで飲んでた。それから家帰って寝て、シャワー浴びて昼なのに律儀 に学校に来た。考えてみりゃ授業に出るわけでもないのにわざわざ自分はなにしてるんだ ろう。 「お前の普通の基準はなんだ!ここでは俺が基準だ!」 「…バカが。」 梧桐が基準で誰かその基準に適うのか訊いてみたい。そんなヤツが他にいたら厭だ。こ いつと話してると、余計に頭が痛くなる。頭なんか動くかよ。ただでさえ、会話なんか永 遠に成立しない気がするような相手なのに。半屋は梧桐との会話を放棄した。 梧桐は追求してこない。黙ってるならその方が有り難いと思った。 勝手に半屋の腕をまくってさっきの階段落ちでできた痣を確認してる。 つ、と梧桐の指が肘の上辺りをなぞる。背筋にぞくりと駆け昇ったものがあって、半屋 は梧桐の指先を見た。そこにある瑕を自分はもう忘れてた。なにかに気を取られた一瞬に バタフライナイフでやられた。 何針か縫ったかな。 「全くお前は傷だらけだな。」 よく言う。 てめぇのが一番多いんだよ。 梧桐のどこか感傷的な物言いがおかしくて言い返せなかった。なにも考えずに梧桐の尖 った前髪を見ていたら、予告なく梧桐が視線を上げる。突然眼が合って、視線をそらすタ イミングを失った。 「腫れは引いたか?」 氷の入ったビニール袋を持つ手を退けられて、額に触れられる。冷やされた額に熱をも つ梧桐の指を最初は受け入れなく感じたのに、その熱に溶けていく。梧桐が身を乗り出し た。ソファの上、半屋の膝の傍らに片膝を載せて上から患部を覗き込んでいる。あんまり 丁寧に見ているから不安に駆られた。 「んで、どうなんだよ?」 梧桐は答えない。半屋の目の前には梧桐のネクタイがある。嫌味なほどきっちりと結ば れて、シャツには皺一つない。どんな殴り合いの後にも、梧桐の制服は乱れることはない。 なんでだか、息がつまりそうになった。随分と近くにいる。梧桐は額から手を離しては くれず。半屋の短い髪を触っている。 「…オイ。」 いい加減に離れろ。 そう言おうと思った。 ++ home | junkyard | bluestar後 ++ |
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