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そのことに気付いたのはもうずっとずっと前のことだ。 徹底的に考えないことにする。 それが一つ。 淡々と受け入れる。 それもあり。 その点では意外と器用かも知れない。 心の傷と躰の傷なんか比べることはできない。 たぶんどっちだって痛い。 少なくとコイツよりはマシ。 他人のことばっかわかったような顔しやがって。 いつものように尊大な表情に似つかわしくない眼の色。 唇だけが動いた。 “オレハココニイテモイイノカ?” 馬鹿げてる。 弱音を吐くなんて。 自分に弱味を見せるなんて。 そんなこと求めてどうするよ。 ★★★ 夕暮れ時、もう校舎には殆ど人がいない。ふとすれ違おうとした梧桐は情けない顔を していた。今日の昼間、へんな外部者が絡んできた。 『へー君が半屋君かー、ピアスに刺青だからすぐわかったよ!』 梧桐と酷く似た当たり。人の良さそうな顔の一瞬の鋭さも、梧桐によく似ていると思 った。 「よぉ。」 小さく声をかけると振り向いた。強気な笑いなどない。 「くだんねぇメーワクかけんじゃねえよ。」 梧桐は答えなかった。答えずにただ半屋の顔を見つめていた。いつもとは違う。でき ることならそんな顔もそんな行動も見たくはない。 身を翻して見ないことにしようとした。なのに動けずに、梧桐の表情を見ていた。 声はなかった。スローモーションのように梧桐の唇が動いて、なぜかその言葉が届い てしまった。 しばらく二人、そのままで立ち尽くしていた。こんな風景をどこかで見たことがあっ た。あの時はまだ小学生で、半屋は考えるべき事などなにも持たなかった。今はあの頃 よりももう少し、モノを考える。 半屋は左手指に挟んだ吸いかけ煙草を唇に挟み直す。ツカツカと梧桐の前まで歩み寄 って左手を上げた。梧桐の視線まで上げた左手を梧桐は眼で追う。 半屋は中指を折ってその先を親指の関節に合わせた。 半屋はニヤリ、笑う。 レディー、ゴー! バチ――――――――ン。 弾いた中指から快い音。文字通り豆鉄砲を喰らった鳩の顔の梧桐が衝撃に少し蹌踉け る。間抜けな瞼からは小さな★が散ってる。 イイ気味。やみくもな拳を後ろに飛び退いて避ける。額のど真ん中を赤く腫らした梧 桐は痛い痛くないに関わらず涙目になってる。たとえそれが生理的なものであっても半 屋を安心させる。 二度目の拳を受け止める。余裕の顔で梧桐の赤い顔を覗き込めばいつもと形勢逆転。 互いの立ち位置なんか考えたこともないけれど。 「…っ半屋…貴様ぁ。」 梧桐が呻いた隙にいつもの速さで繰り出した半屋の拳は、もう当たり前のようにかわ される。 顔面に襲ってきた頭突きを半屋は躰を落として避け、連続して足払いをかける。梧桐は それもするりとかわす。 (立ち直りはぇー。) 呆れた。煙草くわえたままじゃ多分無理。火ぃ点けたばかりなのにもったいねえ。半 屋は立ち上がり様煙草を吐き捨てる。 「拾え、サル。」 2メートル先の梧桐はもういつもの顔。負けるつもりなんかてんでない。半屋は制服 の汚れを払った。今日の靴はあんま履き慣れてない。新しいアディダスなのに。 (しょうがねぇ。今日はつき合ってやるか。) 「サル!吸い殻を拾え!」 梧桐はまだわめいてる。半屋は構えを取った。どんな距離でもヤツの拳は届いてくる はずだから。 ったく。 自分のことはてんでわかっちゃいない。 願うほど他人ってのはお前の存在を必要としてない。 博愛主義もいい加減にしとけ。 焦るほどかっこつけたって他人はお前のことわかってる。 存在を否定されて消える覚悟なんかお前にあるのか? 弱味をみせるか? 俺は慰めて差し上げられるほど人格者じゃない。 弱みにつけ込んで狙ってくぜ。 だから走れよ。全速力で。 俺がアタマ悪ぃの知ってんだろ。 わかってんなら、 俺にものを訊くな! |