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(ウワッ。) 地下からの階段を引き返そうかと一瞬思う。 いつものように、クラブの入り口階段前には大音量を抜け出して、路上に座って喋っ たり煙草を吸っていたりするガキたち。深夜1時過ぎ。いつもより早めに引き上げよう とした半屋の目に映ったのはいつもの彼らと、いつもの風景。一つだけ違うとしたら、 「サル、この様な風紀上良くない場所に出入りするとは赦せんな。」 腕組みをして仁王立ちになっている梧桐。 「ふしだらな。」 こんな時間なのになぜか制服のままで。むしろその方が風紀上良くないんじゃないか と思う。そして的はずれな台詞にも脱力した。半屋はがっくりと肩を落として頭を掻く。 「んでてめぇがんなとこにいんだよ。」 そう言いながら、思い当たる節が全くないとは言い切れない。 さっきの電話。“公衆電話”の表示で取った電話は確かに梧桐のものだった。あの良 く通る低い声を他の誰かと混同するなんて有り得ない。 即切ったはずなのに、行き先も言わなかったのに。多分後ろの喧噪で探り当てたのだ ろう。それにしても同じ様なクラブはいくつもあるだろうに良く此処がわかったと思う。 もちろん考えるだけ無駄だ。 何の用かなんて訊かない。梧桐の後ろにある自転車。普段自転車なんか乗らない。深 夜のケイタイへの電話。わざわざ知りもしないこんな場所までやってくる理由。 「ダセぇチャリ。」 呟くと 「ファミリーサイクルと言え。」 半屋はため息を吐く。どうしてこの男は落ち込むたびに退行現象を起こすのだろう。 普段がお子さまでない訳ではないのだが、こんなときですら装って覆い隠そうとする。 人のことをバカだバカだという割に、理解力に乏しいのはコイツの方なのだ。それを まあいいかと赦してしまう自分がいるのだから仕方がない。 半屋は梧桐を待たずに歩き始める。梧桐が自転車の頭を向けているのと反対側に。 まだ車のテールランプを見送ってる大通りは南へ向かう。半屋はあくびをしながら南 下していく。 半屋が舌打ちをする。本当にまるで子どもだ。梧桐は自転車を漕いで、半屋を追い越 していった。よせばいいのに半屋は走った。なんの為に昼間寝てばかりいるのかと問わ れれば、夜を楽しむためだ。今日のDJは酷かった。有り余る体力を暴力で補うにも分 相応な役者を見つける方が難しい。ギスギスして関節を痛める発散できなかった力を追 い出したい。運動神経は抜群にイイ。 半屋は走った。一斉の速度で、梧桐の自転車を追い越していく。当たり前のように梧 桐はノってきた。トレーニングでもないのに深夜の大通りを自転車と平行して走ってい く。馬鹿馬鹿しいのは百も承知だ。夏が過ぎていった筈なのに、吹いていく風には置い てかれた夏がぬるく残ってる。 半屋は左手で梧桐の自転車、後部の荷台を掴んで無理にスピードを落とさせる。リス トバンドで顔を拭く半屋を不満そうな梧桐が振り返る。 「離せ。」 半屋は応えない。暑い。だるい。疲れた。もう走る気などない。 「貴様、軟弱だな。」 軟弱っつーか何キロ走ったと思ってンだ。だいたいテメーはチャリだろーが。 面倒な言葉を全部飲み込んで 「乗せろ。」 それだけ言った。その返答は案の定ものすごく偉そうな 「イヤだ!」 半屋はそれに対して顔色一つも変えない。勝手に荷台に跨る。 「貴様何をする!」 「…やく漕げ。あちぃ。」 勿論、腰に腕を回すなんていう真似はしない。荷台に手をかけて、留め具に足をかけ る。梧桐はそれ以上反論せずに前を向いて自転車のペダルを漕ぎ始めた。二人分の体重 を乗せて、さっきよりはスピードの落ちた自転車を。 半屋の良く知った街はもうとうに過ぎた。昼間にすら来たことのない街を深夜通り過 ぎていく。電車の高架からなら一度や二度、見下ろしたことも有ったかも知れなかった。 高架に電車の明かりはなく、こんな時間でもパラパラと明かりのあるオフィスビルを見 上げる。こんなに暗いのに、空に見えるのはかろうじて月だけ。その月ですら隙間ない ビル群に姿を掻き消され、姿を現したとて瞬く間に消える。 坂が多くても梧桐は息一つ上げずに黙々と自転車を漕いでいる。角を曲がるたびに不 安定に揺れる。また坂にさしかかる。夜の風に汗も引いた。 「梧桐。」 半屋は答えを期待せずに、梧桐の肩に手をかけ、そのまま荷台をするりと降りる。 「歩くよ。」 右手を梧桐の左肩にかけたまま、半屋は梧桐の左隣を歩く。梧桐も自転車から降りた。 静かだ。 居酒屋も風俗店もない街は街路灯だけが明るくて、とても静かだった。すれ違う人も なく、坂の頂上まで二人しかいない。梧桐の自転車だけが音を立てる。 昼間のうちに排出された汚れた空気とどこかの街の過剰な光のせいで夜の空は力を発 揮できないでいる。 半屋は足許だけを見ながら歩いた。同じ歩幅で歩く自分と梧桐の靴。 梧桐は前を見ていた。左肩の半屋の掌が熱をもっている。熱を伝えているのは自分の肩 も同じだろう。 「……。」 坂の頂上から見下ろしてる。どうしてこんな坂をわざわざ自転車で、などと思いもし たがこの眺めで納得がいく。わかっていたのかと半屋が梧桐を見れば、その惚けた顔に 無計画が書かれている。 ライトの消えた東京タワーは、とても綺麗だ。ただそこに存在する建造物、それだけ の主張。一体自分たちが黙々と何時間ほっつき廻ったのか知らない。東京タワーの光が 消える時間も知らない。 半屋の手に力が込められて、梧桐は半屋を振り返る。目を足許にやればそこには下界 に降りるスロープが続いている。そこは一直線で、大きな通りに出るわけでもなく、車 も人も、何一つ見えない。 頭に浮かんだやんちゃな考えは多分共通した。目が合うと見たこともない珍しい表情 が互いを驚かせる。 「乗れ。」 梧桐が笑う。いつもの不敵な笑みで。 半屋は荷台に飛び乗る。反抗する理由は今は、ない。 「サル。」 「あぁ?」 「びびって俺様に抱きついたりするのは赦すが大声は出すなよ。」 梧桐の言葉に荷台の半屋が鼻で笑う。 「んなだせぇことすっかよ。んなら場所替わってやろうか。」 絶対に弱味なんか見せたくなくて、心なんか許さないつもりでいるのに二人きりだと 思うとどうしてか。 笑ったりする。 半屋はまた荷台に乗った。もう一度、ちゃんと東京タワーを確認して。それは梧桐も 同じ。ほんの少しの名残惜しさで薄明るい下界の光だけに照らされたタワーを見つめた。 「行くぞサル。」 サルサルうっせーんだよ。 半屋がペダル上の梧桐の足首を蹴ったのが合図。 ++ home | junkyard | yorukaze後 ++ |
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