黒い壁と、回り続けてる取れそうなミラーボールと。
露出度の高い女と、半屋とよく似た服装の少年達。
壁際のソファと青い光。
場違いな自分。


_stepper's delight.
( a little dragon couldn't fly. )




「あれ?たっくんこの辺にいなかった?」
 髪を細く編んだ、胸を大きく出した女が屈むように近づいてくる。左側の胸の上には 蝶のタトゥー。鼻の右側にピアス。
「…たっくん?」
 最高に訝しげな顔を挙げると女は笑った。
「うん、たっくん。半屋工。」
 なにか口にしていたら吹き出すところだった。
『たっくん』
 笑うというか、複雑というか。本人が聞いたら本気で嫌がりそうな呼び名を、その女 はまじめな顔で、当然のように口にした。女は何か言ったが、MCに煽られた客の歓声 とスピーカーから飛び出す大音量に掻き消されて聞こえなかった。
「ねえ」
 腰に手を当ててフロア中を見回していた女が嘉神を見下ろす。聞こえずに困惑した顔 を浮かべると女はソファに、嘉神の隣に勢い良く腰を下ろす。
 かなりの美女だった。濃いメイクをしているが、素顔でもその美しさは変わらないの だとわかる。染めたような真っ黒な長い髪。細い三つ編みに銀を絡めて。瞳には灰青色 のコンタクトレンズ。躯に張り付くような黒のキャミソール。胸の谷間に銀の鎖が落ち ている。臍にもピアスとタトゥーがあったが嘉神にはそんなものを確認する余裕はない。


「ミヤコさーんvvv」


 向こうから、更に露出度の高い女の子二人組が嘉神の横に腰掛けた女に向かって手を 振り近づいてくる。そして、これもまた当然のように嘉神の傍らに腰掛けてしまう。
 彼女たちの服装と来たら殆ど水着で。おそらく自分と年齢は変わらない。今の嘉神は 正しくないとかなんとか、言う権利はまったく放棄中だ。
「やっぱミヤコさんも気になってたんだ〜?」
 嘉神の両側から、嘉神を無視して会話が始まる。
「ていうか結構いいオトコだよね〜?」
 大音量に負けないように、というのはわかる。だが両側から露出の高い女達に殆ど下 敷きにされるようにして話されている自分は一体どうしたらいいのだろう。嘉神は赤く なることもできずに渋い顔をしている。
「ていうかぁ、半屋君の彼氏?」
 三人の顔が一斉に嘉神の顔に向く。何をいわれたのか理解できずに嘉神は瞬きをした。
「やっぱたっくんの彼氏なんだ。」
 ミヤコが笑いながら頷いている。やっと意味を解した嘉神が眉間の皺を更に深くする。 動揺が深すぎて対処のしようがなくなっている。正気だったら赤くなって焦って否定し たりするところだ。
「あ、動揺したりしなくてヘーキだから。たっくんオトコオンナ関係ないし。」
「来るもの拒まずなんだよね、アタシは挑戦したこと無いけど。」
 きゃははははは。
 甲高い声で笑う。嘉神は頭を抱えた。半屋から誘いの言葉をかけてきた。行き先も告 げずに着いたのは半屋が良く行くクラブだった。半屋に声をかけるのは男も女もたくさ ん。半屋は適当にあしらって嘉神のポロシャツの袖を掴んだまま奥へ奥へと進んだ。壁 際のソファに嘉神を座らせるとどこかへ消えてしまった。
 踊る人の群を見ている。半屋はなかなか戻ってこなかった。半屋の過去を本人以外の 口から聞いても、どうしたらいいのだろう。それで嫉妬するのもフェアじゃないと、頭 では理性的に処理しようとしても実際できるものじゃない。それをだんだんわかってき ている。
「でもさ、今回浮気しないんだよね〜、たっくん。」
 楽しそうに水着の女の子が言う。嘉神にも興味津々でなんの遠慮もなく肌を押しつけ てくる。
「あ、ていうかアレは長続きしないわけだから浮気とは言わないのか。でも節操ないよ ね〜。」
「そーそー、よくアレで性病とかかかんないよね。」
「しかも上手いらしいじゃん。お試ししとけばよかったかな?」
 きゃははははは。
 嘉神の顔が暗くなる。許容できない会話内容に耳を塞ぎ始める。ミヤコは足を組んだ まま楽しそうに三人を見つめている。
「でも、もうダメだね!」
 意味深に笑って二人の女の子が立ち上がる。
「ミヤコさんあたしら踊ってくるよ!」
 ミヤコは片手を上げて二人を見送る。嘉神は大きく大きくため息を吐いた。恐るべし 。あんなのは自分の身近にはいない。


 ミヤコが笑ってる。
「大丈夫よ。からかいたいの。あなたのこと。」
「……。」
 嘉神は曲がった背筋を伸ばしてミヤコに向き合う。
「からかうというレベルなのか、アレは?」
「たっくんは怖いけどアイドルだから。」
「はぁ?」
「噂になってたのよ。たっくんがぷっつりと、誰とも寝なくなったから。」
 呆然と口を半開きにしている嘉神に構わずにミヤコは話し続ける。完全に嘉神は置い て行かれてる。
「だれかとつきあってても、めちゃくちゃだったからね。酷い性病が、萎えちゃったか、 それとも誰かに本気になっちゃったか。わかる?この3つの中で一番ありえないとこに たっくんは行っちゃった。」
 ミヤコはもう一度繰り返す。目を白黒させてる嘉神に。
「わかる?」
「わかんねえよ。にわけわかんねえこといってやがんだ人のいねえところでよぉ。」
 ざけんな。
 戻ってきた半屋はブツブツ言っている。手には冷やしたジンジャエールの缶。呆然と したままの嘉神に反応はない。
「おい!」
 半屋はミヤコと嘉神の間に割り込んで、狭い隙間に無理矢理座ってしまう。ジンジャ エールの冷たい缶を嘉神の頬にあててぎょっとさせて。
 正気になった嘉神が首まで赤くなる。ミヤコは舌打ちして少し場所をずらす。まった くこの弟はなんて嫉妬深いんだろう。自分が嫉妬されるのをなにより嫌がるくせに。
「ちょっかいだすんじゃねえよ。」
 小さな声で半屋が言う。ミヤコは鼻で笑うだけだ。
「紹介してくれるんでしょ、カレ。」


 オラ。
 半屋が缶を嘉神の手に握らせる。小さく礼を言って嘉神はそれを受け取るけれど反応 は薄い。多分思考回路が鈍くなりつつある。そんなところで防御能力を発揮しなくても いいのに。
「する必要あんのかよ。」
 嘉神が緩い動作でミヤコと半屋の方を向く。フロアでは相変わらず人の波が泳いでる。
「そのつもりで連れてきたんじゃないの?」
 ミヤコは一歩も引き下がらない。他の女とは違う。この二人、クラブでは目立つ存在 らしく、さっきから客がこちらを向き、指さし何か言ってる。
 なにか、なにかこの二人…
「つうか、知ってンだろ。」
「あ、ミヤコちゃんタクミくん。」
 背の高い男が声をかけてくる。黒の大きなTシャツ。
「コーヘイ、ひさしぶり。」
 ミヤコがつきだした拳をかち合わせて笑う。半屋は不機嫌そうだ。
「下の名前で呼ぶんじゃねえ。」
 コーヘイは眉を八の字に下げて笑う。
「だってお前ミヤコと二人でいて半屋って呼ぶのかお前、二人とも振り向くじゃねえか よ。」
 へ?
 嘉神が考え込む。
「おっと、コーヘイ、ちょいまち。ア・タ・シ名字変わりましたのよ?」
 ミヤコが人差し指をち・ち・ち、と振る。その爪は黒く塗られ銀の星が散ってる。
「マ・キ・ミ・ヤ・コ。Don't forget it!」
「!」
 嘉神の顔が驚愕に変わる。
「やってらんねえよな、これで人妻だもんな〜。ほれほれ、タクミすねんじゃねえよ お前もう高校生だろうが。」
「拗ねてねえっっ!!」
 噛みつくように半屋が叫ぶ。そういう顔は真っ赤だ。コーヘイとミヤコは大人の余裕 で笑ってる。
「カワイイね〜、姉冥利だね〜。」
「イエー。」
 ミヤコがコーヘイにVサインを突き出す。
「でさ、今日は彼氏紹介してくれんの。」
「だからしねえって!!」
 ぎゃんぎゃんと半屋が噛みついてる。自分の、姉に。それでも三人の目が嘉神に向け られる。コーヘイと、ミヤコと、半屋と。


 見たこともない心配顔で半屋が青くなってる嘉神の顔を覗き込む。
「…大丈夫…かよ、お前…?」

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