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「か……み…。」
背中に回した指が汗で滑る。雪のように白い皮膚。半屋の声に、嘉神は少し躰を離す。
自分の名を告げる。名前を呼んで欲しかった。
声にならない言葉。だけど彼は読みとる。
「……己一。」
[ a little dragon couldn't fly. ]
直前、絡んだ躰を引き離した。
このまま、絡みついて離れられなくなることを畏れた。
熱に淀んだ彼の目に一瞬、人工の光が宿る。
だから。彼の名を呼んだ。
「たくみ。」
吐き出された欲望に、灯るのは小さな瑕痕。
狭いベッドの上で見慣れた天井が知らない景色に変わったのを見ていた。
傍らの温度がゆるりと離れる。
「風呂、借りる。」
返事を待つまでもなく、絨毯に吸い込まれ聞こえないはずの足音が遠ざかる。
足音を耳だけで追いかけた。眼は開いたままでいつもと同じ、いつもと違う風景を見
ている。沈殿するような躰の熱さが引いていかない。
二人分の重みで軋んだベッド。
彼の躰の痕を残したシーツの波。
はじめて自分の部屋を侵した他人の匂い。
抱きしめたら折れそうな白い皮膚。
無数に残る疵痕。
闘うために在る身体。
項の下あたり、肩甲骨の間に口付けると濡れた声が漏れた。
凹凸の咬み合わない拒否しあう身体同士を無理矢理にこじつけてる自分たち。
折れそうなんて嘘。
まるで研ぎ澄まされた刃のように堅く鋭くて暗闇の中光を集めるような強靱さを持って
た。
遠慮なく触れてくる掌。
彼の温度と自分の体温、混ざり合いわからなくなる筈の境界線は鋭くなるばかり。
名残惜しそうに半屋が噛んだ下唇。
まだ残る歯形の感触を指でなぞる。
戻ってきた半屋が、床に落ちた煙草の箱を拾い上げる。
「帰るのか?」
「ああ。」
半屋を引き留めなかった。
「気を付けて。」
天井を見上げたまま口にする。随分と怠惰なことだ。
「また明日。」
また明日。
声に出さずに繰りかえす。
けだるい空気の中で、ひとりで笑っている自分に気付く。
嘉神は躰を起こす。自分の肩口に触れればまだそこには彼がいる。
立ち上がって窓まで歩く。カーテンを指で押し開いてもう彼の後ろ姿も見えない夜の
道を眼で追う。
星は一つも見えない。薄ぼんやりと街の明かり。
一人歩いていく彼のことを考えた。
彼がいないとき、彼のことを考える。
形を変える日常の中、明日も彼とともにあることを願う。
見慣れたはずのいつもの町にも、いつもの自分の部屋の中にも、
今はこの躰の上にも、彼がいる。
緩い瞬きをして、彼が帰っていった道をぼんやりと見遣ってる。
軋むような躰の痛みに、確かに半屋がいる。
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