[ a little dragon couldn't fly. ]
_EVERYDAY EVERYTIME I think of you.




今すぐに会いたい。
イマドキらしい手段はなく。
明日でもいいか、そんな風に過ごす時間も悪くはない。
それも彼だからそう思える。


「「あ。」」
 半屋の声はまるで誰かを脅すような、嘉神のそれはただ優しく。
 半屋はその場から動かない。怒ったようにそっぽをむいて立ち尽くしている。嘉神は 笑いながら歩み寄っていく。私服のコートを着た半屋と、制服の嘉神。
「奇遇だな。会えるとは思わなかった。」
 たまたまなんか、滅多にない。ここは半屋のテリトリーでも嘉神の領域でもない。半 屋は広い歩道の真ん中に立っている。葉のすっかり落ちた落葉樹の並ぶ大通り。日没の 早い街はただ寒くて、道行く人は皆寒そうに首を縮めて歩いていく。
「んだよ、それは。」
 嘉神が学校の花壇の管理をしていることは知ってる。園芸とか、手芸とか、とにかく おかしな事が好きな男だ。一番、そう言うものが似合わないくせに。
 そして今も、彼の手には似合わないものがあった。
 一輪の、チューリップ。色は濃いピンク。
 嘉神は半屋の言葉に、また笑って、チューリップを握った手を半屋の前に突き出す。
「半屋に。」
 半屋は眉間に深い深い皺を刻んだ。嘉神は逐一、半屋の思考を停滞させる。
「春になったら俺のチューリップをやる。まだ冬だからな。薔薇の季節も過ぎてしまっ たし。」
 嘉神は笑ってる。チューリップの花弁の先が、半屋のコートの胸に触れた。
「迷惑か?」
 動かない半屋に嘉神は真顔になる。
「…そ。」
 半屋がまたそっぽを向く。苦虫を噛んだような表情で、だけど耳まで赤い。それは寒 さのせいではないはずだ。
「そういうことじゃねえよ。んなもん持って歩けるかよ!」
 そうか、嘉神が呟く。チューリップを半屋の胸から遠ざけて、その花を見つめている。
「違う!」
 半屋が声を荒げる。荒げて、嘉神の手から右手でチューリップを奪い取る。そして左 手を差し出した。


「オラ。」
 左手から落ちたものを慌てて受け取ると鈍い光を放ったそれは思いの外ずっしりと重 い。嘉神は握った手を開いた。
「これは…。」
 半屋の腕にあったブレスレットだった。蛇をモチーフにした筒状の純銀製のビーズが 革ひもでまとめられている。半屋がずっと、その手首に付けていたのを知ってる。
 意味を解さずに嘉神が問おうとすれば、半屋はもう嘉神に背中を向けて、怒ったよう に通りの向こうへ歩いていく途中。ヘッドライトとテールランプをかき分けて、嘉神は 慌てて追いかけた。
「半屋、これは。」
 半屋は応えない。耳まで赤い。
「半屋。」
 小柄な彼がいくら足早に歩いても、ひときわ大柄な彼には造作ない。だけど、道を渡 りきったその場所で、追いかけてくる気配は消えた。振り返れば、制服の大男は自分の 手にある純銀をぼんやりとみつめていて。
 半屋は溜め息をついてツカツカと歩み寄った。
「ちょっと、持ってろ。」


 悴む指が動かない。並木を縁取る冬用の光が手許を照らす。嘉神は冷たくなった鼻を 掻いた。半屋が少しだけ首を傾けて嘉神の左手首に、今まで自分の腕にあったブレスレ ットを留めようとする。思い通りに動かない指に苛々しながら。
 歩道の端で立ち止まって何かしてる二人に気付いてOL風の女性達が笑ってる。半屋は お構いなしで首を傾けたまま。明かりが足りないらしくて嘉神の手首に顔を近づける。 嘉神はチューリップ片手に、半屋の銀色の髪と、白い額と額と、赤い耳と銀のピアスを 見下ろした。
 半屋が袖口で鼻をこする。彼の指の温度が手首から離れて、そこに残ったのは銀の重 み。半屋の吐く息が白い。
 嘉神は離れゆく半屋の右手を左で握った。半屋は驚いたように、その手を引こうとし たけれど、離さない。冷たい手はお互い。嘉神は子どもみたいに笑って、半屋の額に素 早く、掠めるようなキスをした。


 半屋は文句を言わなかった。目眩がしたのか、自由な左手で、額を抑えて黙っている。
 ただ頬が赤くて、耳も赤くて、表情は分からなかったけれど、顔を覆う左手の隙間か ら曲がった唇だけが見えた。
「…頭いてぇ。」
 長い沈黙のあと、半屋が言う。
「どうした?風邪か?寒いところにいすぎたかな?」
 あまりに素で心配そうにする嘉神に半屋はちょっと笑った。怒っても呆れても、仕方 ない。手を繋がれたまま、肩をぶつけた。
 前よりも笑ってる。
 冬も。夏も。誕生日も嫌いだったけど。
「取り敢えず手、離せよ。」
 笑いながらそう言うと、嘉神は素直に手を離す。嘉神もやっぱり笑っていて、その手 で銀の蛇が音を立てた。


 つかず離れずで歩いていく。嘉神は庭仕事の話をしていて、半屋は黙ってそれを聞い ている。離れていたら、彼のことをずっと考えて、聞きたいことがたくさんあった。一 緒にいたら、聞きたかったことなんか忘れてしまった。


 会えるまで彼の駅で待つ自分を容易に想像できる。強がっても、強がっても明日まで 待つことなんかできない。
 前よりも笑ってる。
 冬も。夏も。春も秋も、誕生日も誰かも、好きじゃなかったのに。

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