a little dragon couldn't fly.
_god bless you!/01




嘉神がいない。
昨日からどこにも嘉神の気配がしない。


会いに来て欲しいんじゃない。そういうことじゃなくて、ただ気配がしない。唯一く らい共有する場所のどこにも彼の匂いがしない。


半屋は煙草の灰を落とす。


 思い起こせば、彼のことを何も知らない自分に気づく。 会うのは学校。どこかへ行くのも此処が起点。偶然に電車で会うことはあっても彼の 家がどこにあるのかなど知る由もない。
待ち合わせの約束は大抵此処でする。
 待ち合わせの場所で、彼を見つけるのに苦労することはない。褐色の肌も無駄に高い 身長も広い肩もすぐに目に付く。遅れていくのはいつも自分だし、きっと彼は懲りず に待ち合わせの時間より早く来て、待ち合わせの時間を無視するような半屋を辛抱強 く待っている。
 電話番号すらしらない。携帯電話をもっているのかということすら知らない。住所も 、電話番号も、自分と出会う前の彼が何をしていたかも何一つ知らない。
偶然か、彼が自分に会いに来なければ切れてしまうかも知れない関係。


いつもの資材置き場から起きあがる。
思いついてだらりと立ち上がった。


生徒会室には、梧桐の女がいた。
重い扉を開けると顔を上げる。
「あら、セージはいないわよ。」
 知ってる。くぐもった声で応える。いない方が好都合だ。
「あんたに、聞きたいことが。」
 そういうと微笑む。どうも、女は苦手だ。
「何?」
 多分頬が赤い。こんなところを梧桐にみられれば恐ろしいことになるだろう。
「……っと……。」
眉間に皺を寄せてどもる。言葉がでてこない。ここまで来たことが不思議なくらいだ 。
「嘉神君のこと?」
「……………。」
 一瞬何を言われたのか、頭がついていかなかった。意を解した瞬間、耳まで赤くなる 。
「学校はお休みしてるわ。風邪ですって。」
 頭がやっと再回転し初めて、
「詳しいんだな。」
 普段廻らないところまで頭が回る。伊織はクスリと笑った。どうしてこの女はあまり目 が笑わないんだろう。
「セージが、そんなことを言ってたの。お見舞いに行くなら住所を教えるわ。」
 むっつりと黙っていれば彼女は壁中の本棚から一冊の冊子を取り出しそれをめくる。ノ ートの一枚に写し取ると半屋に差し出す。
「どうぞ。」
「……ああ…。悪ぃ。」
 自分にしては上出来だ。礼が言えた。半屋は身を翻す。用が済めばこんなところに長く いるシュミもない。それにしても、やっぱり女は苦手だ。


 此処にいたって授業に出席するわけでもないから、のらりくらりと校門を出……
「こら――!!!この白ザル―――!!!何処へ行く!!」
「?!」
 びくっとして振り返れば仁王立ちに腕組みをしたこの学園の番ちょ……ではなく、生 徒会長がいた。
「るせぇ。てめえにはカンケーねえ。」
 ため息をついて身を翻せば肩をがっちりと掴まれる。
「はなせ。」
「いーや、離さん。お前は教育を受ける義務と権利が。」
「に訳わかんねえこといってんだよ。」
 だいたい義務教育は中学までだろうが。そう言いかけたが梧桐には聞こえていないらしい。 目が異様に光っている。ギラギラと。
 仕方がないから振り向いて梧桐に向き合う。
「てめぇが何言おうが、俺がどこへ行こうが、お前には関係ねぇ。」
 ため息混じりにそう言うと、意外なくらいあっさりと肩を掴んだ手が離れていく。
「…………?」
 梧桐が一瞬目をそらした。
 その違和感は一瞬のうちに忘れ去られて。
「お前は最近テンションが低いな!」
 また腕組みをして偉そうに上から見下ろしている。いつものように口の端をつり上げて、 いつものように、こいつもまた目が笑っていないんだ。
「………っしょにすんな。」
 馬鹿馬鹿しいから小さく呟いて背を向けた。
梧桐は追ってこなかった。


 MDウォークマンの音量を下げる。
町中に、無関心を装うのを最近やめた。
 早起きをしすぎたあの朝に、嘉神が電車に乗って来た駅。
あれから一度も、高校へ向かう電車で彼と鉢合わせたことはない。駅名が告げるアナウン スで席を立つ。ポケットに手を突っ込んだまま、駅に近づいていく車両から高路下の町並 を眺めた。


 改札を越える。
一度も降りたことのない駅。駅前には大型スーパー。いつもと違う匂いがした。繁華街の ような猥雑な、何もかもが混じり合った匂いとは違う。静かで、ちゃんと、そこに誰かが いる、生活の匂いがした。煙草をくわえて見上げた駅前の地図で、住所を確かめる。駅か らそう遠くはない。


道順を頭に叩き込むと歩き始めた。

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