a little dragon couldn't fly.
_god bless you!/01.2




 誰かのウチに行く。約束もなく。


 友達はあまりいたことがない。小学生の頃は空手ばかりだったし、中学生になってから は学区外の自分と同じ様なタチの悪いやつらとつるんでた。そのころから今までたむろ するのは街の中ばかり。
静かな街には、こんな時間にこんな制服が歩いていることがとても似合わない。
肉屋を、楽器屋を通り過ぎる。
新しく建ったマンションを越える。小さな祠を抜け、学習塾を見送る。
信号で、左手を見遣ればそこに小学校。
「…………。」
 たぶん、嘉神の通った小学校。確か、南米に行っていたとか、そんな話を梧桐から聞い た気がする。それ以前に同じ町にいたのならば、あの校門をくぐったのだろう。
嘉神にランドセル。半屋は無意識に眉間に皺を寄せる。あの仏頂面でくそ真面目な顔を して彼には小さすぎる黒いランドセルを背負ったかわいくない小学生を想像してしまっ たから。
 ただ、自分が空手と喧嘩ばかりしていた小学生だったときに、彼もまた小学生だったの だと、当たり前のことを今更のように思う。


約束もなく、一人でこの町を歩く。
知らない町並と知らない名前。
断りもなく彼の領域に立っている。
自分だけが彼の話さない、知らない彼の領域に踏み込んでいく。
たくさんの町を知ってるし、たくさんの人を知ってる。
特別なんかなんかないし、どこも同じだと思ってた。
すれ違う人も通り過ぎる町並も。
わざわざ足を運ぶべき場所なんか自分にはないと思ってた。
自分から、誰かを捜すなんて有り得なかった。


 信号が青になれば、緩い上り坂。短い坂の頂上にはこんもりと緑が見える。あの角を右 に折れたら嘉神の家が見えるだろう。


 角を右に折れると、地図にあったとおりに道が左にカーブしている。その中程にあるの が、
(あぁ?)
 でかい和風建築。石の表札には確かに『嘉神』の文字。
思わず、短くなった煙草のフィルターを噛んだ。驚きはしない。ただあの生真面目にはま りすぎな風格に言葉を無くしただけだ。
 嘉神に押しつけられた携帯灰皿に煙草を突っ込む。自分はどうも、人の家を訪れるとい う行為から離れすぎていた。インターホンの前で指先だけがくるりと廻る。一体この受話 口に向かって自分は何を言えばいいのだろう。嘉神はなんと言うだろう。自分は嘉神のこ とを何も知らない。きっと生真面目な嘉神の家族構成だって知らない。
 らしくない。躊躇するなんて。


 意外と平然とボタンを押せば、返事はない。考えてみれば嘉神は病人で、家族もいなけ れば誰がでるだろう。自分だけ先走りして来ちまったな。軽いため息とともに、嘉神の部 屋がありそうな二階を見上げた。
「……………あ。」
 目が合った。驚いて馬鹿面をした嘉神と。
「ちょ…え?……あ、あ!少し待っていてくれ!」
 どうしたものかと言葉を探すうちに嘉神の姿は二階の窓から消える。
鍵を外す音の後で、戸がするりと開く。
「よぉ。」
 俯き加減にそれだけ言った半屋の耳が赤いのは、此処まで来てしまった自分の行動に対 する照れなのか、それとも見たことのないパジャマ姿で嘉神が現れたからなのか。
「驚いたな。入ってくれ。」

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