雨の日  [ a little dragon couldn't fly.-7.5-]



 相手の動きはまるでコマ送りの如く見え、隙間に肘を打ち込むのは造作ない。 自分よりも大きな相手が面白いように飛んでいく。階段は自分にとって戦いやす い場所だ。小回りが利くことを知ってるし、多数を相手にするなら尚更相手は混 乱しやすい。
 たった一人、それなりのヤツがいて後ろからデカい手で後頭部を掴まれた。階 段の手すりに頭を打ち付けられて目から星が出た。そのあとキレた。
 それなり、だなんて過大評価をした。気が付いたらそいつが前歯を4本なくし て口と鼻から血を流してひっくり返ってた。逃げていくヤツらを追う気にはなれ なくて半屋は親指の腹で唇の横を拭った。


 雨の日は嫌いだ。靴の底に泥が付く。拳にも泥がこびりつく。滲んだ血も、馬 鹿なヤツらの匂いもこびりついて取れなくなるような気がする。湿り気のある空 気に何時までも漂ってる。
 躯の芯まで濡らして冷やしていくような雨も、以前みたいに浄化していかない。 ずっとずっと、熱を帯びたままの躯を持て余してる。


 半屋は水を含んだ短い髪を片手で掻き回した。濡れた猫か犬の毛みたいに水滴 を飛ばす。今日はこれ以上バカなヤツらの相手をしてやる気なんかない。勝機な んかないのにそんなことも計算できないヤツら。特徴ある半屋の姿を見つけると すぐに寄ってくる。


「目立ちすぎー。」
「あー半屋じゃん?」
「探してたんだよねー。」


 まあだいたい同じ事を言う。ウザイ語尾上げ。ベタリとした声質。殴ったとき に舌噛むから口は閉じとけつってんだよ。
 それ以外の台詞としては、「借りは返す」とかせいぜい慇懃に「俺の友達がお 世話になったみたいで」とか。
「んか貸してたか?」
 そんな台詞が自分の口からでたら上等。大概何か言うのも鬱陶しくて相手の台 詞の途中で蹴り入れてる。


 そんなヤツばっかり。銀の髪と無数のピアスが目立つんなら。半屋は大きすぎ る白のパーカーを目深にかぶる。濡れたコンクリートの階段を上がる。歩道橋の 下を電車が通り過ぎていく。半屋は立ち止まって灰色の電車を見送った。大きく カーブを描いて消えていく。


 あの朝を思い出した。


 姉の置いていった超強力な目覚まし時計に叩き起こされた朝、誰も近づいてこ ない筈の電車内で彼が隣に座った。
 浸食してくるのはいつもあの顔。自分を削り取られていくような気がする。追 い出す気力も湧かない。半屋は無表情のままふいと顔を逸らし歩き始める。雨が 灰色の地面を濡らして、黒く塗り替えていく。アスファルトが濡らされる匂いが 鼻につく。ほんの少し顔をしかめて、半屋は階段を下りる。
 何の為に街にでてきたんだか忘れた。たまにそんなときがある。最近はそれも 頻繁。此処にはなにもない。もうなにもない。


 全然予想もしなかったことが意味を持ち始めてる今は。




↓“あの朝”の話。↓自前でごめん。
[ a little dragon couldn't fly. -6-]

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