夢を見た。
傍らに彼が居た。
ただそれだけの、めずらしい、みるはずのない夢。

[ a little dragon couldn't fly. ]



ち。
工は小さく舌打ちをする。
傍らの目覚ましに目をやれば、起きるべき時刻よりは大分と早い。
昨夜実家に帰っていた姉がお節介にも枕元に置いて、もとい押しつけていったものだ。
躰と頭と心がバラバラになってる。
躰が正直だとするならば自分は何に欲情したのだろう。
考えたくもないことが頭を掠めて、工は躰を起こし、首を振った。

考えたくもないことがある時は躰を動かすに限る。
手に負えない気持ちなんか存在しないと思っていた。
それを制御することができないのなら、忘れるしかないと思う。
最近は“嫌いなこと”に支配される時間が多い。
理由は何となくわかってきた。
意識のない心に浸食してくるのは誰か。
理解することは負けることのような気がした。

大音量のウォークマン。まだ眠気の残る躰の怠さによく響く。
二度寝をする気にもなれず、朝食は食べないからする事もなく、こんなに朝早くに電車に乗った。
ラッシュには早い。
あくびをかみ殺して空いた席に座る。
東からの光を受けたビル群が過ぎ去っていく。
同じ制服を見ることもない。知らない制服。いつもとは違う顔の人たち。
街がゆっくりと目覚めていく過程の中に自分がいる。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
ふと、視界に陰を感じてだらしなく延びた足をひっこめた。
陰が消えない。多少の不快感をもって工は顔を上げた。
「・・・・・・・・・あ。」
思わず声を漏らす。
自分と同じ色の制服を着た男が立っていた。
工に気づいて、そいつは大きな体とそれに見合った幾分ごつい顔に似合わないはにかむような笑みを浮かべた。
その表情に戸惑う。
す、っと手が伸ばされて工は思わず首を竦める。
「隣、いいか?」
「・・・・・・・・・・・。」
工は応えなかった。
突然耳に流れ込んできた線路のこすれる音、電車内のアナウンス。男の声。
応えがないのは承知の上。
彼は返事を待たずに、工の隣に腰掛けた。
膝が触れる。開いた膝を引き寄せる。
腕が触れる。だらりとしたうでを腿の上に乗せる。
肩が触れる。工は姿勢を正した。
「こういう音楽が好きなのか。」
工のイヤフォンを片方、手にしたままで嘉神は呟く。
相当な音量で漏れ聞こえるスカコア。
自分を取り巻くヤツらとは違う。
梧桐とも違う。梧桐は最近おかしい。この間も訳の分からないことを言ってきた。
こいつもおかしい。嘉神は自分をどうしたいんだろう?
なにごともなかったかのような顔で、敢えて人の近づくこともない自分の隣に座る。
「綺麗だな。」
「・・・・・・・は?」
「早朝の街が一番好きだ。」
朝の光が淀んで海に濯ぐ川面を照らす。そこに浮かぶ船がゆるりと揺れる。
川岸の白いコンクリート。向こうに見える高層ビルと多分町工場か何かのトタンの屋根。
白いような光。
「匂いも音も。」
嘉神は言いながらイヤフォンを工の肩に戻す。耳ではなく。

敗北を、感じた。

工は片方のイヤフォンだけを耳に填め込んだままウォークマンの音量を下げる。
朝の音がする。
近づいてくるのは足早に目覚め動き出す街の喧噪。

囚われていく。
昨日の夜からずっと傍らにいた。

夢だと思ったのに。

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