a little dragon couldn't fly.
_to the highest point




 ――――――――まだ言っていないことがある。


「んだ?」
 目の前で回鍋肉を口にしていた半屋が視線に気づいて顔を上げる。
「いや、なんでもない。」
 いつもと同じ。二人でいても互いに言葉数が増えるわけでもない。たまには、と食事の場を 外に移した。それでも会話が弾むというわけでもなく、どちらから率先して話題を振るわけ でもなく。


「おごられとけ。俺のが持ってンだろ。」
 財布を出そうとする嘉神を制した。食い下がろうとする嘉神にそう言った。
「・・・・・・そうか。」
 すまない。
 そう言って気づいた。どうして素直に『ありがとう』だとか『ごちそうさま』だとかいった 言葉が出ないんだろう。
 半屋のことを素直じゃなくて、口べたで。そう思っているくせに自分だって十二分にそうな のだ。照れくさくて言えない。素直にはなれない。謝るような言葉でごまかしてしょうがない 自分に笑ったりする。
「に笑ってやがんだ?」
 財布をポケットに突っ込みながら半屋が目つきの悪い上目遣いで訊いてくる。悪意も敵意も ないのに相変わらず目つきが悪いのが直らない。その口調も、その態度も。頑ななのはどっち だろう?とまどいながら素直になれないのはどっちだろう?先に折れるのはどっちだろう?
「少し歩くか。」
 同意を求めない言葉に意に反し、半屋がうなずく気配。意外さに振り返ってみればケースか ら煙草を直接唇に挟んだところで。
「・・・・・・・・・・・あ?」
 嘉神はそれを取り上げる。舌打ちしただけで、半屋は煙草をしまう。


 往来にはまだまだ人通り。仕事帰りのサラリーマンが無言で足早に通り過ぎる。学生カップ ルは笑いながらこれから共有する時間を話してる。通りのカフェには夜の客が集まりはじめ、 交差点からはクラクションが響く。
 街の喧噪の中に紛れ込んでいる。オープンカフェの明かり、四角い無数のビルの窓。
 なんども夜の闇を共有した。
 白昼の学校でしか会わないはずだった。
 ずるずると歩いていく半屋。どちらかと言えば早足の嘉神。普段の彼なら共に歩く誰かを気 遣うだろう。
 信号で立ち止まれば半屋が傍らに立つ。なんども繰り返した。
 微かな海の匂いがする。
 しろい電灯が整備された歩道のタイルを照らす。左手には弧を描くホテル群。
 嘉神が立ち止まったから、横に並んで視線の先を追う。
 観覧車があるな。そう認識するが早いが嘉神に腕を掴まれ彼の速いペースで歩かされる。
 抗議する間もなく嘉神の指が観覧車を差している。
「あれに乗ろう。」
 唖然とすれば笑いもしない嘉神。


 次々と色を変える観覧車。ふもとで見上げれば結構な高さがある。
 まだ乗客はまばら。なにかイベントがあるわけでも、休みの日でもないから。ただ、それで もその客達は自分たちのような二人ではなくて。
 半屋はすんなりと料金を二人分の払い、自分の腕を軽く叩いて先へ行く嘉神の後ろ姿を見遣る。
 観覧車は初めてじゃない。せがまれて嫌々乗せられたことがある。嫌なのは望むことが予測でき るからだ。あの時自分は相手の望みに応えなかった。何が嫌だったのか、どうしてその人と一緒に いたのか、もう思い出せない。相手の顔すら。名前すら。長続きしたことがない。みんな同じ匂いを させていた。どこか自分と同じ、同種なのだといらいらさせる匂いだった。覚えているのは それだけ。男でも女でも同じだった。


 瞬きすると過去の匂いは消え、ゴンドラの前に立つ嘉神の姿が目に入る。
 半屋は慌てて短い階段を駆け上がった。

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