a little dragon couldn't fly.
_to the highest point with you




地界が足許から離れていく。
半屋は窓の外に視線を遣る。
さっきまで自分たちの歩いていた場所が遠ざかる。こちらを見上げる人がいる。
観覧車の放つ光に照らされる人たち。
さっきまで彼処にいた。それが遠いことのように思える。
嘉神が遥か上を仰ぎ、笑う。
「随分と、高いな。風がなくて良かった。」
どうでもいいような、訳の分からないことを言う。常よりも落ち着きなく見える。 嘉神でも怖い物があるのかと思うとすこし可笑しかった。だが笑わずにおく。


ここからの景色など、見たことがなかった。
今までの自分は日常を少しずつ損しながら生きてい たのかも知れない。最近になって考えた。どんなにくだらない日常でも、少しずつ 少しずつ、自分の中に積み重ねていくモノを覚えておこうと思う。
自分を取り巻く環境で何かが変わったとしたら、それはゴンドラの中、窮屈に見え るこの男。
外の景色に対して何か感想を述べているが、どうしてうわの空に見えるんだろう?
半屋は彼と同じように、頂上を仰ぐ。
「でけえな。」
隣の硝子に頭をつければ右眉のピアスが澄んだ音をさせる。外気が地上よりも冷た い気がした。


光の渦中にいると目が眩む。日常も、誰かの放つ小さな光も色彩の向こう側。
ほんとなら、此処から暗い下界を見下ろすよりも、光放つ観覧車こそが景色の一部 に相応しい。
それでも必要とされるのは、きっと。


頂上に着くまでに言おう。
握った拳を開き、彼の名前を呼んだ。
呼び慣れない彼の名前。
てっぺんまでもう少し。
驚いた顔の彼が窓から視線をこちらに向ける。


頂上につくまでに。
まるで賭けみたいな。


ちろりと色彩が彼の頬を照らし、きっと自分の目も同じ色に光るのだろう。
ついと寄り添う視線を彼はもうそらさない。
誰もがらしくないと言うだろう。こんなに緊張している自分。考えるより先に口にし なければ躊躇してしまう。もう決めた。
だから、


「お前が好きだ。」
開きかけた唇が大きく息を吸い込む気配。
今さら、
わかりきったことと思っていたから。
「お前がとても好きだ。」
なにか言おうとして、唇は動くのに声にならない。言葉にならない。
一瞬、半屋の目が眩しそうに細められる。


――――――――――――わかってる。


詞を飲み込んだ。
彼は自分に何を期待するだろう。
望むなら、それをしてやりたいと思う。
だけど言葉が出ない。思いつかない。何をしたらいいんだろう。
自分ばかり、望む。


嘉神の手が伸ばされる。
硝子越しの外気に冷やされた頬。さっきまで握られていた手のひらが熱い。




嘉神が腰を浮かせ、ゴンドラがくらり、揺れた。















   頂上からの眺めを知らない。























「・・・・・・・ハメやがったな。」
がっくりと肩を落とした半屋が悔しそうに呟く。
あと半分残ってると思えれば楽観的。
あと半分しか残らないと思うのならば悲観的思考。
誰かがそんなことを言う。
なにも、楽しみにしてたわけじゃない。
でも、また、あの景色を見ることは適わない。
笑っている。
嘉神が。
空から降りていくゴンドラの中で嘉神が笑っている。


悔しいと思う。
いつか出し抜いてやろうと思う。
遠ざかる頂上を半屋は仰ぎみる。


地上に降りたら、まずは何をしてやろう?

(c)copyright.K/Isafushi2002