語りかけても応えもない。
返事をしない過去に怯えるくらいなら。

[ a little dragon couldn't fly. ]



面会時間ではなかった。
それを無視して外科病棟に足を踏み入れた。
何度来ても慣れることのない薬品の匂い。
看護婦とすれ違ったが彼女は何も言わなかった。
四角く切り取られたような白い廊下。

廊下の一番奥に、そのプレートを見つけた。
息を潜め中の物音に耳を澄ます。
誰の気配もしない。プレートの名前の持ち主以外は。
しん、とした空気が肌を刺すような気がした。緊張しているのだ。柄にもなくそう思い当たった。
ノックをするために腕を上げる。
そして、躊躇。

ここは自分の来るべき場所なのだろうか?
彼にとって自分の存在はなんなのか。
自分にとって彼の存在はなんなのか。
毛筆書きの梧桐の文字を思い出す。
あいつにはわかっているのか。

軽く握った手をほどく。
病室の扉を、ゆっくりと開いた。
大嫌いな真っ白な部屋。
薄いブルーのカーテンが見える。まっすぐその陰から現れる光景を見ようと思った。ゆっくりと歩を進める。 彼が気配に気づかないわけはない。反応のない今、眠っているのだろう。

深い眠りの中に彼は居た。
こんな時でもその眠る呼吸を柔らかいと感じた。怒りよりも先に心を覆ったのは安堵だった。
工は自分の眉間を押さえた。鼻の奥がつんとした。
聞こえないように静かに大きく息を吐いた。

頭に巻かれた包帯の白さが痛い。褐色の肌に似合わない。工は知らないうちに手を伸ばしていた。
短い髪に触れる。
思うより柔らかい髪。
額と、今は隠れている片眉。無骨な頬。

手を、離そうとした。
「・・・・・・・・・!」
血の気を失った。
自分に向けられた彼の目が微笑んでいたから。
「?!」
声がでなかった。急に我に返った。自分はなんということをしていたんだろう。目が回りそうな動揺。
引っ込めようとした手を嘉神は掴んだ。驚いてそれを引くと顔を歪める。
「・・・・・・・・・・放せ・・・・・・。」
声が、掠れた。

(c)copyright.K/Isafushi2002