意外と照れ屋で
意外と優しくて
意外と奥手で
意外と純情。
それが君だと思うんだけど?


[ kissing you softly. ]



文化祭。
うちのクラスの出し物。「女装カフェ」だなんてなんてお約束な。
 どうして女の子って男を女装させたがるのかなあ?クラスの男子、みんなブツブツ文句言 ってたのにはじめてみれば意外とみんなはまっちゃって。だめだこりゃ。
 バイト先のヘアメイクさんにいろいろ訊いていっぱい化粧品を調達してきた。男子の中に 女子も混ざって準備中の教室は一大メイク大会。まあ、御幸ちゃんみたいにとはいかないけ どね。


「はぁぁぁ。」
 生徒会室にやっぱりセージはいない。彼も一応生徒会長で、文化祭当日なんか忙しいに決 まってる。僕は僕で生徒会の仕事とクラス企画の両立のためにこんな格好で校内を走り回っ てる。悪目立ちのおかげでイイ宣伝になって女の子、いっぱい来てくれたけど。


 御幸ちゃんは『なんであたしを呼ばないのぉ?』と言ってウィッグを直してくれた。
 八樹君はにこにこ笑って『いいなあ。』なんて言った。なにに対していいなあと思っ たんだろう彼は。
 理平くんは『ローヤー君、僕のアトム見に来てねえ。』たぶん彼は僕が女装してるこ とは見えてない。
 近づいても気付かない半屋君に声をかけると目を点にして、それから深くなった眉間 の皺を必死で押さえてた。半屋君だって似合うと思うけど。
 クロスケ君は『可愛いけどもうちょっと胸なんか詰めたら?』だって。
 佳澄ちゃんは微笑んで佳澄ちゃんと青木君のクラスの焼きそば屋のチケットをくれた。 感想はないの?
 ものすごく器用な手つきでクレープを焼いていた嘉神君はしばらく僕を見つめた後、 ため息をついてものすごく豪華なクレープを僕にくれた。だからそのため息は何な訳?
 青木君は真っ赤になって『クリフさん?!わかんなかったですっ!』可愛いよね。
 里神楽先生にも早良君にも真木先生にも会ったのに。
 僕は嘉神君のクレープを持ったまま生徒会室に立っている。嘉神君のクレープはオプ ションを全部突っ込んだようなスペシャルで、きっとご飯を食べる暇もないくらいがん ばってるセージは喜ぶと思ったのに彼にだけ会えないなんてほんと運がない。
 僕はクレープを囓る。まだ温かい薄い薄いクレープの皮。牛乳の味がする生クリーム。 嘉神君の手許にあったのはアメリカでよく消費されてるメーカーのチョコディップだった。
 シェフの手間や技術やそこに込めた心を忘れる訳じゃないんだけれど、どんなパーティ のデザートにでてくるクレープ菓子よりこういう方が美味しい。
 あの庶民的なチョコレート、僕は結局一度も食べたことがなかった。ベルギー製やフランス製の チョコレートが悪いっていうんじゃないだけれど。学校内の喧噪のせいで、生徒会室の静かさが余計に身に染みる。


ばたーん!!
 セージ?!
僕が確認する間もなく闇夜のライトの様な目がこっちに向けられる、ギロリ。
「誰だ貴様は―――――――!俺の部屋で何をしている――――!」
 質問しといて君はいっつも答える間なんかくれないでしょ!問答無用で突き飛ばされて 僕は最後のひとかけらに鼻を突っ込む。それを見たセージ、何したと思う?
「俺のめし――――――――!!!」
「ふごぉっ!」
 なんで殴るんだよー!!
「なんだ、クリフではないか。」
 もう。わかってるくせに酷いよ。あんなにぶっとばしといて僕じゃなかったらどうすんの さ。
「もう。なんなんだよ君は。」
 僕は立ち上がってテーブルの上のティッシュで鼻と唇を拭く。タイトスカートってほんと 動きにくい。
「なんだその格好は。」
「なんだじゃないでしょ。前に言ったよ、僕のクラス女装カフェだって。」
「うーん、隙がない。」
 だからなんなんだよその眉間の皺とその台詞は。


「どう?忙しくて楽しむ暇もない?」
 ぽいっと文化祭プログラムをテーブルに投げ捨てて椅子に腰掛けたセージに尋ねる。
「不審者が幾人かいたので放り出しておいた。」
 いやにまじめじゃない。プログラムも読み込んである、くしゃくしゃ。なんか返り 血みたいなのみえるけど見ないことにしよ。
「はーでもいいよねぇ、他校の生徒もいっぱいいて管理側は大変だけどさー、僕なんか この格好ですんごい目立つの。うちのクラスすっごいもうかっちゃってるよ。」
 セージは化粧を直しながら一人で喋ってる僕をじっと見てる。なんか変なの。疲れてる のかな。
「腹が減った。」
ちょっと、チャンス。
「じゃあさ、さっき佳澄ちゃんに焼きそばの食券もらったんだ。一緒に行こうよ。」
 さりげなーく、誘ったのにさ。
「匂うぞ?」
「へ?」
 ぎょっとした。僕臭いのか?
塗り直しかけてるリップグロスのチューブを落としそうになる。
セージは表情も変えずに近寄ってくる。
「リンゴの匂いがする。」
「ん?・・・・ああ。これ?」
 それは僕のリップグロスの匂い。相変わらず鼻がきくよねえ。まさか食べたりしないよね なんて思いながらセージの鼻先にチューブを差し出して、やめた。 僕の心の中、にやり。これってチャンスってヤツでしょ?
 リップグロスの代わりに近づけたのはさっきグロスを塗ったばかりの僕の唇。匂いを嗅が せるふりをしてキス。まるで子どもみたいに体温の高い唇。
「・・・・・・・・・・。」
 唇を離しても、セージはまだなにが起こったのか理解しないままさっきと同じ顔をしてる。
 セージの唇。リンゴの匂い。僕と同じ匂い。濡れて光ってる。僕の唇の形。しといてなん だけど今更どきどきしちゃう。
「・・・セージ?」
 きれいにフリーズしちゃってる。動かない。わかってるのに僕は彼の顔を覗き込んでしま う。わかってるのに、もう!
「ぎゃー!!!」
「貴様ぁ!」
 いたたたた。やっぱりこうなるのね。
「俺の焼きそばぁ!!」
「は?」
 床に倒れた僕の後ろ襟首をむぎゅっと掴む。
「ぎゃー、いたいいたいいたいいたい。セージ!死ぬ死ぬ死ぬ!」
 ずるずるとそのまま引きずって行かれる。セージのものすごい足音ともに。廊下をすれ違う 人々が脱兎の如く僕らに道をあける。もうほんと殺されるかも。


でも引きずられながら見上げた君の後ろ姿。
首筋も耳も真っ赤じゃない。
こんなことに動じたりしないと思ってたのに。
ほんとに可愛い人。
これで掴んでるところが手だったら完璧なんだけど!

(c)copyright.K/Isafushi2002

嘉半前提を外しているので嘉神君が女装に理解がないです。(笑)
多分心の中で「正しくない・・・・」とか思ってるに違いない。
しかも嘉半前提で嘉神クレープを梧桐君にあげるのは当てつけにしかならんでしょう。 自分半屋至上主義とか言っといて実はマジ嘉神君優遇してるなと思った一本でした。 そして八樹君の台詞の真意はいかに。
・・・・・クリ梧語りはないのかね。(笑)あ、クリフはチャイナ服です。