泣きたくなることがある。
信じた道程の長さと、自分の幼さと。
それから、惨めになるような嫉妬とコントロールできない自分の感情と。




 [ ランブルフィッシュ ]




テニスができてなんぼ。
そんなわけない。テニスさえやってられりゃ幸せなんて思ったこともない。負けたくな い。負け試合を次への糧だなんて自分に対して慰めの言葉向けたくない。
勝ち続けてた自分を、一度堕として。這い上がった。自分だけじゃない。感謝してる。 長太郎に。


シャワー室で延々水をかぶってる。体中の傷に染みてるけど構わないと思った。水を含 んだ髪の軽さに、ずっと持ち続けてたものを一つなくしたんだと今更思う。随分と軽い。 自分にとってあれは重荷だったのか?
目の前のタイルに指を這わせる。また試合ができる。またコートに出られる。信じられ ないほどドキドキする。ずっとだ。あの試合の間中。監督の元に走った時も。無意識だ った。髪なんか惜しいなんて思わない。もっとずっと必要なモノだ。


かちゃり。


開くはずのないドアが開かれる。


「感謝なんかしてねえぞ?」
亮は前を向いたまま侵入者に言葉を放つ。低く静かな声で。
「冷たいなぁ。」
ほんの少し笑いを含んだ声で、侵入者は断りもなく狭い個室に入ってきて、後ろ手にド アを閉めた。
「うわ。ほんとに冷たいじゃん!なんで水なの。」
まあ、いいか。
適当に呟いて茶色い大型犬みたいな長太郎は遠慮もなく亮を後ろから抱きしめる。亮は 拒否こそはしなかったが、侵略はされない。そんな意思で筋肉一つ動かさなかった。
「ふざけるなよ。」
冷たい声が腕の中から。
「……。」
来るだろうな、とは思ってた。誰よりも勝ち気なセンパイ。挫折してボロボロになって。 彼のことなら手に取るようにわかると思う。怒ってる内容は多分、監督の前で自分のレ ギュラーの座を明け渡すなどと言いかけたこと。躊躇しなかったわけじゃないけど。
亮がレギュラーの座を奪われてから一番長く一緒にいた。この人のことは自分の事だっ て、いつからか思ってた。答える代わりに長太郎は亮を抱きしめた。
「俺が喜ぶとでも?」
だって、、、言い訳を考えたけどやめた。
「…ごめんなさい。」
短くなってしまった髪に顔を埋める。
「ごめんね。ほんとは宍戸さんと一緒にテニスしたかった。」
ぼそりと呟く。亮の肩がびくりと動く。ふっと腕を弛めると真っ赤になった耳が見えた。
短いため息が聞こえて長太郎の肩に亮の後頭部が委ねられた。長太郎は知られずに微笑む。 ほら、わかってる。この人は絶対俺の傍にいてくれる。
「ねえ宍戸さん。」
「なんだよ?」
長太郎は答えなかった。目を閉じて、亮の髪に唇を押しつけてる。
負けたくない。負けたくない。負けたくない。
『二度目はない。』
跡部の声が聞こえた。
負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない。
この人の一番傍に、いられることを失いたくはない。
「あー……。」
「から、なんだよ?」
短くなってしまった髪。前よりも強くなった彼。ずっとずっと愛おしく思う自分。
「や、なんでもないっす。」
亮は溜め息をこらえてた。口癖のような、“ダセェ”も。止めてる息を他のことで吐き 出さなきゃ。だけど言葉が見つからない。


「おまえさあ、」
ゆっくりと言葉を吐く。
密着させてる肌から、長太郎の感覚が解けていく気配。ほんとに犬みたい。
「寒くねえの?」
「え?寒くないっす。」
触れてる肌だけ温かい、だから。なんてカッコつけて言ってみようとした。だけどそん なの言わせない。
「とりあえずお前離れろ。なにが哀しくて男同士で裸で抱かれてんの俺。」
静かな低い声でそう言われる。
うわ、報われない。そう思いながら言われたとおり手を離してしまう自分っていったい 何なんだろう?
「馬鹿は風邪引かないって言うからな……俺は引きそうだけどな…。」
不機嫌そうにブツブツと酷いことを言ってる。長太郎は亮の真後ろで唇をへの字に曲げ てる。逆らうなんてめっそうもない。亮の指が軽く震えながら赤いカランを廻そうとし てる。旨く廻らないの?不器用な人。見捨ててもいいけどそんなことできるわけないよ。
長太郎は後ろから手を伸ばして、器用にシャワーの温度調節をした。
躯の後ろから抱きかかえられるように腕を伸ばされても、抵抗の一つも見せずにおとな しく待ってる。


跡部みたいに突き放してもあなたが追いかけてきてくれるなんて思えない。
あなたとの間に横たわってるものの大きさに泣きたくなることって冗談じゃなく、本当 にあるんだよ。でもそんなこと、今言っても仕方ない。
まあ、いいか。
今は自分の存在を当たり前だと思ってくれてる。
それってすっごい大きいことだしね。


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