寝顔にキス。
バレたら君は一体、どんな顔をするんだろう。



 [ ランブルフィッシュ]


 放課後。教室。誰もいない。誰もいないはずの教室。彼がいた。
 外れたイヤフォン、手から落ちた英単語集。教室の壁に凭れて足を投げ出して、 髪を短くしたばかりの彼が眠ってた。


 息をつく。
 よかった、と思う。彼の目が嫌いだ。あの目に対峙すると、自分の何かが密やか に揺れる。そこから亀裂が入って完璧な筈の自分を制御出来なくなるんじゃないか なんて不安に襲われる。
 真っ黒な髪と同じ色の瞳の色はひたすらに勝ち気で、自分では気付いてない融通 の効かない頑固さを厭になるくらい発してる。跡部に対するとき、彼はその光を遺 憾なくぶつけてくる。だから、適当にあしらいたくなる。


 今日の朝練の時も、突っかかってくる彼の額を指で小突いた。伸ばしっぱな しだった爪が、彼の額をほんの少し赤くした。そんなこと彼自身は少しも意に介さ ない。だけど、彼に一心の愛情を注ぐ背の高い後輩が心配そうに彼の額を覗き込む。 最近あの後輩からの風当たりが強い。
 分かってる。そんな原因なんか。だけど正直、認めたくはない。


 穏やかな寝息が聞こえる。起こすべきだろうか。多少乱暴に。ちゃんと彼のこと を上から見下ろせるだろうか。いつもの減らず口を…
 考えて、思考がそんな風に動いたことに気付いて自嘲する。こんな風に掻き乱す。 そのくせに振り向いて受け止めようとすれば逃げて行くんだろう。
 コイツはズルイ。
 ほんの少し、復讐をしようと思う。


 木の床に片膝を下ろす。彼の傍らに手をついて。ためらったら、マズイからため らわなかった。


 長い睫毛も整った鼻梁もさらりとした頬も通り越して薄い唇に軽く触れた。隙間 から漏れていた息が一瞬止まった。


 一瞬をこんなに長く感じる。そのくせ離れてしまえば、ソレが現実にあったこと なのかすら不明確。跡部は半ば呆然と、眠り続ける宍戸を見つめた。こんなに堅い 冷たい場所でキスをされても目覚めないほど深い眠りに落ちられるんだろうか。
 なんて言ったら。彼は『どうせ庶民だよ』とかなんとか、育ちの違いでも挙げて 訳の分からない反論をするんだろう。


 跡部は溜息を吐く。拍子抜けしてしまった。あまりにもなんの反応もないから。 指先で自分の唇に触れる。目を覚ましているときにすればよかった。自分だけがこ の秘密と、この想いを背負わなくちゃならなくなった。


 余裕なんかほんの少しだってない。
 気付けばいい、そしてほんの僅かでも思い知ればいい。
 跡部は氷帝レギュラージャージを宍戸の肩に掛けてやる。ほんの少しのいたわり と厭味と。戦友にすらなれるだろうか。
 一体いつまで、貫けるだろう。彼には背中しか見せない。いつまでも、彼の為に 彼の前を堂々と歩いてやらなくちゃならない。
 跡部は立ち上がる。自分に課したこと、自分なりのやり方で、彼を護ろうと思う。 いつか、手放すことになるとしても。





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