a little dragon couldn't fly.
_god bless you!/01.3




「今は家に俺しかいなくてな。ロクなもてなしはできんが。」
 嘉神の言葉に半屋は目を瞬かせる。
「………風邪じゃねえのか?」
 どうしてこの男はいつもそうなんだろう。
もてなされたくて来た訳じゃないことくらい解っているくせに。
似てないようで、こいつは少しあの我が侭番長に似ていると思う。
「いや、今はだいぶんといい。」
 そう言いながら軽く咳き込む。
やっぱり、来ない方が良かったのかも知れない。無駄に気を使うから。そんな風にされる のを望まなくても、こいつはこれが当然だと思ってる。
「暇だったからな。良いところに来てくれた。」
 一人で喋り続ける声は心なしか掠れて。
階段でふらりと身体が傾いたのを、無意識に支えた。
「すまん。大丈夫だ。」
 自分との体重差を気にしたのか、嘉神は自分で体勢を取り戻そうとする。半屋はそれを制 止して、嘉神の脇の下に身体を潜り込ませた。
「ったく。病人らしくしてりゃいいだろうが。」



 嘉神の家は純和風。磨かれたような濃い色の光沢を、廊下も柱も階段も放っている。隅々 まで清潔感が行き届いていて、嘉神のきっちりとしたした性格を思わせた。
きっちりとした、というよりも家事は楽しんでやっていそうだ。まさか、体調の悪いとき までとは思うけれど。
嘉神はそれでも少しは病人らしく半屋に身を預けた。白地にブルーの縞の入ったパジャマ。 そんなもの、敢えて見たことがないからそんな普通のことが気恥ずかしい。いつもより薄 い生地から伝わる体温が、やはりいつもよりも熱い。
二階に上がると頭上の嘉神が手を伸ばして一つの戸を開ける。
――――――――嘉神の部屋。
壁際にはモスグリーンの制服が掛けられている。なにやら小難しい本の並ぶ本棚と、学習机 。一見どこもかしこも色気のない色で占められているように見えるのに、よく見ればあちら こちらにその均衡を崩す色達。
 ブルーのi-mac。
 机の下からはみ出した毛糸玉。
 小難しい本の合間に料理の本。
(やっぱ変なヤツ……。)
 身体が離れる。
「………オイ。」
 半屋が、ポケットに両手を突っ込んで、ドスの利いた声を響かせる。
きょとんと振り返る嘉神の手は、椅子を引き寄せたところで。
「てめぇはこっちだろうが。」
 つかつかとベッドの横に回り込んで布団をひっぺがしそこを差す。
「………いや……。」
「つべこべうぜぇんだよ!寝てろ!」



音を立てないように、静かに息をつく。
嘉神が眠っている。
台所の位置を訊いた半屋を心配して、ついてこようとするからまた怒鳴りつけた。
『ガキじゃねえっつの!』
全くこの男は、人をなんだと思っているのだろう。
変なところで、心配したりして、自分を対等には見てくれてないらしい。






大したことない痛みでも、軽くしてやれると思うからここにいるんだ。






「…………。」
夢を見た。
いつかと同じ。
ただ、求めていたあの頃と同じ夢をみた。
傍らに彼がいる。
でも、触れられない。




「……………半屋?」


確か、彼が来たはずだった。
来るはずもないと思ってた。
熱のせいで、感情をうまく表に出せなかった。
あれは夢?
身体を起こすとベッドサイドに半屋が買ってきたスポーツドリンクのボトルがあった。それ と、もう氷の溶けたボール。惚けたような熱い額に、彼の冷たい白い指が心地よかった。
覚えてる。
確かに彼はここにいた。
「………帰ったのか?」
知らないうちに眠ってた。退屈だから、彼は帰ってしまったのだろうか?
「半屋。」
その名を呼んでみる。
「半屋。」
「んだぁ?」
「!」
するりと戸が開いて白い頭が覗く。
「ガキじゃねえんだから、しつけぇんだよ。一回言や聞こえるっつの。んだ?あぁ?」
相変わらず、唖然とするほど態度が悪い。
そのくせ何故か照れたように目を合わさない。
嘉神は嘉神で、いないと思って求めた気恥ずかしさに赤くなる。
「………。」
半屋は黙って、ベッドの傍らに引き寄せた椅子に腰掛ける。
「すまない。」
掠れた声でそれだけいうとふいと視線をやり、ああとだけ応える。


風邪引きには少々辛い、煙草の匂いがした。
外に煙草を吸いにでただけだとわかる。
そのことに安堵する自分。
ぼんやりとした思考の内に、彼の匂いが望むものを引き起こす。

(c)copyright.K/Isafushi2002