「次だ。降りるぞ。」
「あ?・・・・・ああ・・・。」
すんなりと立ち上がる。思わず、と言った方が正しいのか。

[ a little dragon couldn't fly. ]



まるで何事もなかったかのような顔をしている。
どうしてあんな行動に出たのか、自分でもわからない。
そういう自分にとって、あれを“なかったこと”のように振る舞う工の行動はありがたいと言うべきなのだろうか。
それとも、疑問に思いながらどうしようか考えているのだろうか。
早朝の電車に、珍しく彼の姿を見つけて、また放ってはおけなかった。
まるで子どものようだな。
そんな風に自分で自分を笑う。
散々悩んだ。
こんな想いは馬鹿げているしあり得ないと思っていたから。
昨日梧桐に呼び止められた。


「お前だけはないと思っていたのにな。諜報活動を強化せんとな!」


またいつものように訳のわからないことを言っている。
だけど支離滅裂な我が侭大王に見えて、いつだって筋の通っている梧桐の言葉の深意はなんだろう。
それを、今傍らを歩く誰にもなびかない存在だと解釈したのは何故だろう。
何故?なんて今更思うまでもない。
ずっと思い続けたのだから。
さして共通点もない。どちらかと言えば対極にいる。
『まさかお前だとはな。』
ほんの少し、本気を含んだ梧桐の目を思い出す。
自分だって、工に尋ねたのだ。
『授業にでるわけでもないのに毎日学校に来るんだな。』
『梧桐に会うためか?』
なんて馬鹿げた質問だろう。
灯台もと暗しとはまったくこの事だ。
あり得ないと思っていたのは梧桐だけじゃない。


言葉もなく、学校までの道を歩く。
きっと明稜の学生が見たら避けて通るだろう。
いつも以上に険しい顔の半屋と、いつもより幾分優しい顔の嘉神。
どっちにしたって二人の存在位置を知る人間にとっては恐れる以外の何ものでもない。
だが、まだ通学していく影もなく。


言葉もなく。
ただ互いの存在が傍らにある。
ほんの少し、梧桐には悪いことをしたと思った。
抜け駆け、だろうか。
有り得ない想いでも、馬鹿げていても
疑ってみてもいいと思う。

どういうわけか深い緑色のマフラーをいい加減に巻いたままの傍らの存在の、その真意も。

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