[ ランブルフィッシュ]


はあ。

 ゆるい溜め息を聞き咎めて忍足が顔を上げる。ベンチの横に後ろに立っていたのは 二年の鳳長太郎だった。ガタイのイイ中学生の集う氷帝学園テニス部にあっても大柄 なうちに入る。まるでハーフみたいな甘い顔立ちで女子生徒の人気は上々。その顔が ゆるい溜め息を吐くのをここ最近何度聞いたか。
 そしてその視線の方向を見れば、その先に在るのはいつだっていつだって。
「長太郎ちゃん。」
 戯けたように呼びかけると長太郎の肩がびくりと動く。
「お、忍足センパイ…な、何ですか?」
 笑いそうになりながら忍足は表情を崩さない。クールを装ったりするのは得意だ。 分かり易く、さっき長太郎が見ていた方向に視線を向ける。
 そこにいるのは、宍戸亮と、跡部。バレたと思ったのか長太郎の頬が赤くなる。大 人びた外見のくせに、こういう意外な部分を見せたりするところが女心を余計に引き つけるのだ、多分。
「やっぱ跡部は宍戸が好きなんかなぁ?」
 忍足の、意地悪。わざと指を組んで、悩ましげに溜め息を吐いてみる。長太郎が凍 り付いたのが気配だけで分かる。
(おーおー)
 予想外の反応の良さにちょっと驚く。恋愛ごとなんか巧くあしらっていきそうなの に。跡部並にモテて、跡部並に女子をかわしてるくせに。
 忍足は攻撃の手を弛めない。冗談キツイのは関西人故か。
「宍戸、髪短いのもけっこーえぇて思わん?」
 忍足は表情超真剣、心の中は鬼の微笑み。この後輩は非常に可愛い。
「でもやっぱ跡部なんかなぁ?…うっ!?」
 見上げると長太郎の頬が見る間に青ざめていく。悲壮なんてものじゃない。一言も 発さない。なにか、爆弾でも踏んだんだろうか?忍足が言葉を失っていると跡部がベ ンチに帰ってくる。長太郎は弾かれたようにテニスコートの外へ走り去っていった。


「なに?あいつ。ちょっと宍戸と喋っただけなのになんであんな形相なんだ?」
 すっかりお見通しの跡部“部長”景吾がタオルを首に掛けてる。忍足は引きつり笑 いと共に額を抑えてる。
「やってもうたー。」
「はぁ?」
「跡部悪ぃ。いらん恨み買うたかもしれんわ。」
「なんだそれは?」
 跡部の眉間にゆるい皺が刻まれる。こんな性格悪いヤツが俺以上にモテるなんて世 の女のことはわかれへんわ。そう思うけどいまはそれどころじゃない。
「長太郎に宍戸ネタは振ったらあかんかったわ。」
「おまえ俺をネタにしたのか?」
「ああ〜あかん〜。ほんまスマン。関西人のサガやねん。」
 頭を抱える忍足に跡部は大仰に溜め息をつく。腕組みをしてコート上の宍戸を見てる。 彼は話のネタにされていることも、(ある意味)自分のせいで長太郎が情緒不安定にな っていることにも我関せず状態でネットの張りを確かめている。
「あいつほんと笑わないよな。」
 跡部の言葉に忍足は顔を上げる。
「あーそうかもしれへん。別に追いつめられてるわけでもないんやけどな。あいつ笑わ かしたらスゴイかもしれへんね。」
 ふと跡部から視線を動かして宍戸を見たのに、厭な予感がしてまた跡部に視線を戻す。
「うっ!」
 跡部が笑っている。上品な顔に、極悪な笑顔を浮かべて。この上流階級の香りがコイ ツの場合に癖のある嫌味になって出てくる。
「あいつの笑顔を引き出せた方が勝ちだな。」
 いつもより一段低い声で跡部が呟く。なにかもなにも、あきらかに企んでいる顔で。
「………。」
 忍足はふるふる震える自分の指先に気付く。落ち着け自分。
 跡部の背中に黒い羽根が見える。頭には二本の黒い角が。
「宍戸は髪切ったらちょっと幼くてイイよな。」
 忍足はとうとう頭を抱える。
(スマン長太郎……ていうかむしろ宍戸。)


「ふふふ…勝ちか…。」
 あさっての方向を向いて無駄にシューズの踵を地面にぶつけている忍足の頭上で恐ろ しいまでのプライド高と負けず嫌いを誇る跡部“部長”景吾が嬉しそうに呟いている。 新しい楽しみを見つけたみたいに。
 なにもしらない宍戸が二人を視界に捕らえた。
「あーとーべー!練習つきあえー?」
 無邪気に向こうから叫んでいる。忍足は聞かなかったことにした。見なかったことにも。


 後日、熾烈な争いが始まり。
 宍戸は妙に優しい跡部に戸惑い、長太郎は情緒不安定を増長させ、なにか知っている風 の忍足は話を振られると急に病人のふりをしたとかしないとか……。





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