[ ランブルフィッシュ]




 人を見下したような笑い方をすると思った。失笑が爆笑か。覚悟を決めて 彼の前に立ったのに少し厭味な笑いを唇の端に乗せただけ。もう靴を履いて玄関 に立った彼は、俺の姿を見て馬鹿にもせず、厭がりもせずに手を差し伸べた。
 拍子抜けした。当然のように俺は跡部の手は取らず、用意してあった下駄の鼻 緒に足の指を引っかけた。


 中学二年の正月。俺の身には信じられないようなことが起きていた。大晦日、 半ば強引に跡部のウチまで行くハメになったのはいい。跡部のウチが絵に描いた ような上流階級で豪邸で、上品な跡部の「お母様」が跡部にそっくりだった(ほ くろまで一緒だった)のもまだいい。



 跡部の性格形成の片鱗を見た。



 跡部の「お母様」は俺を和室に呼び込むと、有無を言わせず何をしたと思う? 俺はひん剥かれて、衣紋掛けにあった着物を確実に着実にクソめんどくさい作法 を全部踏んで着付けされた。しかも。


 なぜか女物。


 色は紫基調。「お母様」曰く、自分の着物を仕立てるときに可愛い反物を出さ れて、若い人のためにと思ってついでに仕立てて貰ったもの。って全然意味わか んないんだけど。なにがって、着物を仕立てるとか反物とか、それも意味わかん ないけど一番わかんないのはなんでそれを俺が着るのかってことだろ?当然の疑 問だと思わねえか?思うだろ?
 俺は髪が長いだけ。女らしい所なんかひとつもない。



「お前のおふくろさんお前にそっくりだもんな。」
 諦めの溜息と共に跡部の横に立つ。立ち止まって、跡部が突然俺の腕を取って 支えようとする。いつもより重い袖がずるりと上がって、俺は顔を上げられずに 前を向いたまま。
「足大丈夫か?」
 跡部がそう言う。肌に触れる冷たい絹の柔らかさと、それをかき分けて伝わるそ の手の温度。瞼がふるりって揺れた。俺、動揺した。
「げ、お前が気遣うなんて、気持ち悪ィ。」
 腕を振り払う。心にもないけれどそれ以外に接し方を知らない。最初からずっと こう。愛想の欠片もない俺と、確実な実力をもって先輩達すら制圧していった王様 みたいな跡部と。なんだかんだ言ってちょっかいを出してくる嫌味な王様がほんと はちゃんとみんなのこと見ててちゃんとわかってて君臨してること、やっとわかっ てきた。
 こいつはちゃんと、言うべき事を言うのに。
「そうか、ならいい。」
 ああもう厭だ。一体何度自己嫌悪を感じ続けたらいいんだろう。多少の親切を拒 まれたところでコイツにとってはなんでもない。なんて優雅で、なんて嫌味なんだ ろう。
 俺は跡部の横に並ぶことができずに、彼の少し後ろを歩く。跡部はいつもの優雅 な大股で歩いては行かない。俺の為に歩幅を弛めているのは明白。


 どうして跡部はこんなに余裕なんだろう。
 羽織から出た手首が寒い。結い上げられて外気に晒された首筋も。下駄歩きにく い。アスファルトとの相性最悪。


 強気なはずの自分が泣きたくなる。いつだってそうだ。ずっと昔から知ってるわ けじゃない。ものすごく気の合う友達ってわけでもない。俺はそんなに社交的な性 格じゃなく、跡部は要領良くていつも人の中心にいるけれども、こんな俺にわざわ ざ合わせたり、待っていてくれたりするわけでもなかった。
 全然違う。
 私立の氷帝学園になんでか、一般庶民の俺が滑り込んだ。俺には理解できないよ うな人種がいっぱいいる。みんな余裕にみえた。それがいやだったわけじゃない。 俺には俺のやり方があって、間違ってるなんて思わない。



 跡部は一番だ。
 届かない。届かない。届かない。
 絶対に?



 絶対に不可侵の存在ならよかったのに。
「自転車にすればよかったな。」
 高校生とおぼしきカレシカノジョが自転車の二人乗りで俺らを追い越していく。 なんの気負いもなく跡部がそう呟く。
 ほんと、ダセーなぁ。厭になっちゃうよ。
「ケツ痛くなるからヤダよ。」
 俺は精一杯悪態をついた。王様のくせに、なんの見返りも望まずに、それが誰か の為だって気付くこともないくらい自然にこいつはこういうことをしてしまう。ほ んのわずかな隙間に。



 はじめてこの“王様”に会った時、絶対に近づけない存在だと思った。だから追 いかけたのに。
 どうして、こんなに近くまで来てしまったんだろう?
 どうして後悔に似ているんだろう?




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*comment
お年賀に間に合わなかったテニプリ文章の改定版その一です。髪の長い亮ちゃん が好きだ…。長い髪が自慢の男子中学生は正直どうかと思うけど。長太郎くんの 立場がどうなるのか不安です。友人曰く「跡部さま(!)は他人のためになんか絶 対なにひとつしない!」だそうですが、まあ、いいじゃないですかこんなのも。

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